GM Igors Rausisによるチート行為(ソフト指し)について

話題のチート(ソフト指し)スキャンダルについて軽くまとめます。

 

1.ストラスブールで起こったこと

  2019年7月12日、フランスのストラスブールにおいて開催されていたチェス大会「ストラスブール・オープン」において、参加者の一人であるGM Igors Rausisが使用していたトイレ個室内から携帯電話が発見されました。携帯電話が発見された個室を使っていたのはRausisのみで、Rausis本人も携帯電話が自身のものであることを認める宣言書に署名しました。

  Rausisは携帯電話の発見以降、試合出場をとりやめています。

*1

  英国のタブロイド紙、Daily Mailはトイレ個室内で携帯電話を使用するRausisの写真を公開しました。

 

www.dailymail.co.uk

 2.GM Igors Rausisについて

2-1.プロフィール

  GM Igors Rausisは1961年生まれの58歳。長くラトビア籍のプレーヤーとして活動していましたが、現在はチェコ籍のプレーヤーです。FIDEレーティングは2019年7月期の最新レーティングで2686、世界ランクは53位でした。

  チェス指導者としても活動しており、コーチとしてバングラディシュ代表の指導に当たっていたこともあります。*2

  また、Rausisはアービター(審判)資格も保有しており、複数の大会でアービターを務めていました。*3

ratings.fide.com

f:id:dame_chess:20190713210333p:plain

2-2.50代でのレーティングの伸び

  最近、Rausisは年を取ってから急激にレーティングを伸ばしたプレーヤーとして注目されていました。Chessbaseの2019年7月期レーティングのリポート記事でも、名前が挙がっています。*4

  FIDEの公式サイトでは各プレーヤーのレーティングの推移がグラフ化されており、2003年以降のGM Rausisのレーティング推移を確認できます。*5

f:id:dame_chess:20190713212412p:plain

 2013年以降レーティングを伸ばしており、特に2019年に入ってから顕著な伸びを示していることがわかります。

  「2700Chess」というウェブサイト*6を使って作成した40代以上で世界ランクのトップ100入りしているプレーヤーのリストがこちらです。

f:id:dame_chess:20190713213545p:plain

  元世界王者のAnand、Kramnik、Topalov。タイトルマッチで挑戦者となったGelfand、Kamsky。スーパーGMとして、彼らと覇を競ったShirov、Ivanchuk、Adams。AlamsiやNisipeanu、Sadlerもキャリアハイでは世界トップ20、30で戦っていた往年のトップ選手です。

  Rausisの棋歴は、他の40代以上トップ100選手たちに比べると大きく劣ります。*7囲碁・将棋で言えば、かつてタイトル争いに加わっていた有力棋士の間に無名の棋士がポツンと一人いるような感覚です。*8

  しかもRausisの年齢(58歳)はトップ100プレーヤー中最高齢。その次に年長のGelfandから7歳も離れています。40歳を過ぎると加齢に伴って棋力を落としていくレーヤーが大半の中、キャリアハイを更新していくRausisが目を引いたのは自然なことでしょう。

 

3.称賛と疑惑、そして摘発へ

  Rausisの「活躍」に対して、称賛の声もありました。あるIMのツイートです。

 こちらはRedditから。www.reddit.com  一方、Rausisの特異なパフォーマンスに対し、疑念を抱いた人々もいました。

   Rausisのチート摘発後にFIDEフェアプレー委員会のYuri Garret氏がFacebookに投稿した文章によれば、FIDEフェアプレー委員会はRausisのチートを疑い、調査を行っていたそうです。

Fide anti-cheating procedures work best in team.

The Fair Play Commission has been closely following a player for months thank to Prof. Regan’s excellent statistical insights. Then we finally get a chance: a good arbiter does the right thing. He calls the Chairman of the Arbiters Commission for advice when he understands something is wrong in his tournament.*9

  文中に登場するRegan教授は、棋譜からチートの疑いの濃いプレーを検出する手法を研究しており、Regan教授によるチート検出プログラムはチェス・オリンピアードでも実際に使用されています。Rausisの調査にも、Regan教授の知見が用いられたようです。*10*11

  そして、ストラスブール・オープンのアービターの協力のもと、マークしていたプレーヤーRausisを「現行犯逮捕」したというわけです。

 

4.今後

  過去の不正行為者と同様に、FIDE倫理委員会での審議を経てRausisに何らかの処分が下されることになると思われます。過去のFIDEによる処分では、チート行為の事実が認定されたプレーヤーであっても有期の資格停止処分とされ、公式戦に復帰しています。*12

  今回のRausisのケースでFIDEから「永久追放」処分が下されるのかどうか、という点は注目されるでしょう。

  また、FIDEフェアプレー委員会のGarret氏はFacebookへの投稿の中で次のようにコメント。

The fight has just begun and we will pursue anyone who attempts at our integrity.

*13

 FIDE役員のGM Emil SutovuskyもFacebookでRausisの摘発は「始まりに過ぎない」と語っており*14、Rausisを皮切りに、FIDE主導のチート摘発が続いていく可能性も示唆されています。

 

補:400点差ルール

   FIDEが採用している現行のレーティング規定には、対戦者間に400点以上のレーティング差がある場合、400点ちょうどの差であると仮定してレーティング計算を行うという規則があります。

  GM John Nunnによれば、FIDEレート保有者が拡大し、大きくレートの離れた下位者と対戦したGMが「勝ってもレーティングが下がる」状況に直面するようになった1980年前後、「350点差ルール」としてレート計算の際に対戦相手のレートをかさ上げする規則が導入されたそうです。*15

  GM Rausisは、参加者のレートが低い大会に続けて参加し、「400点差ルール」の補正対象となるレートの低い相手との対戦で小数点以下のレーティングを積み上げていました。

  7月期のレーティング計算対象になったゲームの一部を見てみましょう。*16

f:id:dame_chess:20190714000701p:plain

対戦相手のレーティング欄に青いアスタリスクのついたゲームが「400点差ルール」の補正対象です。殆どのゲームが対象になっています。

  「400点差ルール」も今後見直しの対象になるかもしれません。

 

*1:ここまで

GM Igors Rausis (58) Under Investigation Of Cheating - Chess.com

を情報源としました。

*2:

GM Igors Rausis, rated 2686, caught cheating with a mobile phone - ChessBase India

*3:

Rausis, Igors FIDE Arbiter History - Chief and Deputy Arbiters in Events

*4:

July ratings: Goryachkina vaults to world #3 | ChessBase

*5:

https://ratings.fide.com/id.phtml?event=11600098

*6:

Live Chess Ratings - 2700chess.com

*7:2013年以降のレーティング上昇を除くと、Rausisのキャリアハイは1993年7月期に記録した世界ランク85位。olimpbaseより FIDE rating history :: Rausis, Igor

*8:なお、AnandやSvidler、Topalovは今もFIDE GPに参戦して挑戦権争いに加わっています。

*9:

Yuri Garrett - Fide anti-cheating procedures work best in... | Facebook

*10:

Anti-Cheating

*11:Regan教授のチート検出手法については、ブログ「コンピュータ将棋基礎情報研究所」が日本語で詳しく紹介しています。

チェスの不正解析 1:Regan教授曰く : コンピュータ将棋基礎情報研究所

*12:第39回チェス・オリンピアードでチート行為を行ったフランス代表選手、GM Sebastian Feller。処分が明けた後は公式戦に復帰しており、今年5月のフランスリーグにも参加している。

https://ratings.fide.com/individual_calculations.phtml?idnumber=634654&rating_period=2019-06-01

*13:

Yuri Garrett - Fide anti-cheating procedures work best in... | Facebook

*14:

https://chess24.com/en/read/news/gm-igors-rausis-allegedly-caught-cheating Facebook投稿の英訳

*15:

https://en.chessbase.com/post/elo-oddities-the-tortoise-and-the-hare GM Li Chaoがスリランカの大会に参加した際、このルールが問題になった。なお、Li Chaoはスリランカの大会に参加した時点でも十分実績のある世界トップレベルのプレーヤーであり、レート稼ぎのために小規模大会を転戦していたわけではない

*16:

https://ratings.fide.com/individual_calculations.phtml?idnumber=11600098&rating_period=2019-07-01