将棋で記録自動化の試みが始まるらしいので、便乗してチェスの記録係事情と自動記録を語ってみる

  将棋の棋譜を自動で記録するシステムが開発されたそうです。記録係不足の問題は以前から指摘されていましたが、自動化という形で解決が図られるようですね。

jp.ricoh.com ということで、便乗してチェスの記録事情について語っていきたいと思います。

 

1.記録係などいない!

  チェスに記録係はいません。チェスでは、プレーヤーが自分で記録を取ります。これは公式の競技規則「Laws of Chess」で決まっています。記録について定めているのは第8条「The recording of the moves」で、最初の項目はこうなっています。

8.1.1

In the course of play each player is required to record his own moves and those of his opponent in the correct manner, move after move, as clearly and legibly as possible, in the algebraic notation (Appendix C), on the ‘scoresheet’ prescribed for the competition.

これは初めて公式戦に出場するアマチュアプレーヤーも、全世界のチェスプレーヤーの頂点に君臨する世界王者でも同じです。全てのプレーヤーにとって、棋譜の記録は義務です。

実際に世界王者が棋譜を取りながらプレーしている様子です。左のジャケットを着たプレーヤーが、現チェス世界王者Magnus Carlsenです。

www.youtube.com

  早指しの場合や持ち時間が少なくなった場合には、アービター(審判員)及び補助者、あるいは電気的手段によって記録が行われます。これも競技規則に規定があります。*1

   一部例外はありますが「自分で記録を取ることができるのならば、自分で記録を取りなさい」というのがチェスの世界の基本方針です。

 

2.自動記録装置

  流石に、チェスでも早指しでは自分で記録を取ることは求められません。このようなときに威力を発揮するのが電子チェスボードです。電子チェスボードの盤駒には電子チップが埋め込まれ、全自動で指し手を記録していきます。

  指し手は「PGN」と呼ばれる世界共通のファイル形式で保存され、盤面の変化は棋譜中継サイトや映像中継の局面図に即時反映されます。

  実際の「世界ブリッツ」の中継画面です。

www.youtube.com  チェスの世界ではDGT社の製品「e-Board」シリーズが普及しており、大きな大会で使用される電子ボードは概ねDGT社の製品になっています。同社のチェスクロックと連動できる点も大きいですね。

 

3.画像認識による記録

  リコー社が将棋連盟のために開発したのは電子ボードではなく、画像認識による記録システムです。

  実は、チェスでも画像認識による記録システムが開発されています。2015年、「Chess Vision」という会社がスマートフォンのカメラの映像から盤面を認識して棋譜を取るアプリケーションを開発し、売り込もうとしていました。

www.youtube.comそして、実際にACP Mastersというトップクラスのプレーヤーが参加する大会で使用されました。

  しかし、この「Chess Vision」は全く普及せず、現在は公式サイト*2

も消滅しています。先行して普及した電子ボードの壁は厚かったということなのでしょうか。

 

4.秒読みや時間切れの判定

  記録係の無人化を目指すという一方に対し、将棋ファンからは記録係が行っていた「秒読み」や、着手完了、時間切れの判定に影響が出るのではないか、という声も出ていました。将棋の記録係は棋譜の記録だけでなくタイムキーパーの役目も担っていますからね。

  元々記録係がいないチェスの世界では、プレーヤーが自分で時計を止めます。時計を止めた瞬間が着手完了のときです。初めて試合をするマチュアから世界王者まで同じです。

  全部競技規則に書いてあります。「Laws of Chess」第6条、「The chessclock」を読みましょう。

6.2.1

During the game each player, having made his move on the chessboard, shall stop his own clock and start his opponent’s clock (that is to say, he shall press his clock). This “completes” the move.

  もちろん、秒読みもありません。記録係もタイムキーパーもいませんからね。秒読みがないため、持ち時間のルールを勘違いしていた世界王者がうっかり時間切れで負けてしまったこともあります。

www.chess.comこちらは、実際に大会で元世界王者が時間切れ負けした瞬間です。9分20秒あたりからご覧ください。

www.youtube.com右の眼鏡のプレーヤーが元世界王者Vladimir Kramnik。対戦相手のひげ面のプレーヤー、Hikaru Nakamuraが時計を指して、時間切れを指摘します。その後、スーツ姿の人物が呼ばれます。これがおそらくアービターです。

   

  なお、時計の故障などイレギュラーな自体や異議申し立てはアービターが対処します。

*1:持ち時間が少なくなった場合の記録に関する規定はLaws of Chess 8.4から8.5.3、早指しの場合はA.2

*2:

http://www.chessvi.com/