チェスの「プロ棋士」その4 グランドマスター王皓(Wang Hao)の2018年シーズン

  プロ制度がないチェスの世界で、トーナメント・プロたちはどのような選手生活を送っているのでしょうか。一流のトーナメント・プロの例として、中国のグランドマスター、王皓(Wang Hao)の2018年の戦いぶりを見ていきたいと思います。
  王皓は1987年生まれ。2018年1月期のレーティングは2711、世界ランク37位です。そして、冴えカノジャージを着て戦います。

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王皓の2018年の参加大会を一覧にしてまとめた表がこちらです。

 

大会名 参加者数 シード順 持ち時間 形式 ゲーム数 Win Draw Lose TPR 順位 開催地
Czech Extraliga(Rd.5,6)     Classical 団体 2 1 1 0 2693   チェコ
Gibraltar Masters 276 10 Classical オープン 9 5 4 1 2710 13 英領ジブラルタル
Czech Extraliga(Rd.7,8)     Classical 団体 2 1 1 0 2693   チェコ
HD Bank 133 2 Classical オープン 9 5 3 1 2646 5 ベトナム
GRENKE Open A 787 3 Classical オープン 9 5 4 0   15 ドイツ
Sharjah Masters 118 1 Classical オープン 9 6 2 1 2774 3 UAE
Longtou Cup 79 1 Classical オープン 9 6 3 0 2703 1 中国
China Rapid 28 1 Rapid 招待 9 6 1 2 2694 3 中国
China Blitz 28 3 Blitz 招待 9 6 2 1 2730 2 中国
Abu Dhabi Chess 158 4 Classical オープン 9 5 3 1 2726 6 UAE
Malaysian Open 153 1 Classical オープン 9 7 2 0 2788 1 マレーシア
European Club Cup     Classical 団体 6 2 3 1 2652   ギリシャ
Chess.com Isle of Man 165 12 Classical オープン 9 4 5 0 2820 6 イギリス
Asian Continental 64 1 Classical オープン 9 4 3 2 2566 17 フィリピン
World Rapid 206 7 Rapid オープン 15 5 9 1 2772 19 ロシア
World Blitz 202 10 Blitz オープン 21 8 6 7 2669 69 ロシア

 

・「シード順」は大会参加選手をレーティング順に並べた際、上から数えた順位です。
・持ち時間の「Classical」は長時間のゲーム、「Rapid」、「Blitz」は早指しにあたります。国際チェス連盟(FIDE)はこの三種類のレーティングを別々に計算しています。
・エントリー資格が限定されている大会も「オープン」として扱いました。
・「TPR」はトーナメント・パフォーマンス・レーティングの略で、チェス選手の大会成績を示す指標です。単純な勝率と異なり、パフォーマンス・レーティングは勝敗に加えて対戦相手の平均レートも含めて計算されます。
・「TPR」が2500であれば、「レーティング2500のプレーヤーに期待される程度の成績であった」という意味になります。

・「TPR」の数値は全てChessresultsに記載されたもので、Chessresultsに記載がなかったものについては略しています。*1
・「順位」はイベント終了時の個人順位です。クラブ戦は表記しません。

 

 

1.賞金稼ぎ

  王皓はオープン大会を中心に活動しています。オープン大会の場合、王皓のような世界有数のプレーヤーであっても競技面での特別待遇はありません。集まった参加者の一人として、優勝を争うことになります。

  それなりの金額の賞金が提供され、一部のマスターに対する招待料が出るような格の高いオープン大会であれば、参加者が百人を超えることはざらです。百人を超える選手と横一線で戦い、賞金獲得を目指す。それがチェスのトーナメント・プロとしての王皓の日常です。

 

2.外国人傭兵

  表で「団体」に分類されている大会はともにクラブチームの対抗戦です。Czech Extraligaはチェコ一部リーグ、European Club Cupはクラブの欧州選手権です。王皓は中国に拠点を置く中国籍プレーヤーなので、どちらの大会でもチームにとっては「外国人助っ人」です。

  王皓は結果を求められる「傭兵」でもあるのです。

 

3.高いパフォーマンス

3-1.TPR2700+

  2018年の王皓のレーティングはFIDEのスタンダードで2700台前半なので、Classicalの大会でTPR2700を超えてくれば概ね「期待されるレーティング並みの成績であった」と言えるでしょうか。

  王皓はGibraltar Masters、Sharjah Masters、Longtou Cup、Abu Dhabi、Malaysian Open、Chess.com Isle of Manと参加したオープン大会7つでTPR2700+を記録しています。一流プレーヤーとして、相応しい成績を残していますね。

3-2.GMノーム水準

  チェスの世界でグランドマスターの称号得るためには、大会で好成績を残してグランドマスター・ノーム(GMノーム)を取得する必要があります。取得の基準の一つが「TPRで2600を超える」というものなのですが、王皓は当たり前のようにノーム水準を超えて来ます。

  GM取得を目指すプレーヤーの多くは、ノーム取得に苦労します。しかし、王皓レベルのプレーヤーともなるとGMノーム基準のクリアは「よくあること」でしかないのです。

 

4.世界を旅する

  2018年の王皓は海外9か国を転戦しました。近年の中国はプロリーグとして甲級リーグが整備され、賞金の高い国内オープン大会も増えつつあるので、国家代表入りしていない現代中国のプレーヤーとしては多めでしょうか。

   チェスを始めたころの王皓は、チェスの先生から「良いチェス選手は外国を旅行できるぞ」と言われたそうです。*2

世界的プレーヤーに成長した現在、先生の言葉通り世界を飛び回る生活を送っています。

 

5.沢山の公式戦

  王皓は2018年の1年間でClassicalの公式戦91ゲームをこなしました。早指しのRapidは24ゲーム、Blitzは30ゲームです。単純なゲーム数で比べると、将棋のプロ棋士の年間対局数に比べてかなり多くなっています。*3  

  将棋と違って敗退するとゲーム数が減るノックアウト方式の大会がなく、基本的にスイス式で一大会当たり10ゲーム弱が確定している点が大きく影響したのでしょうね。

 

まとめ

  チェスの腕一本で世界を旅する賞金稼ぎにして傭兵。一流の競技チェス選手のそんな姿が浮かび上がってきますね。

  ただ、旅も愉快なことばかりではありません。一つのゲームで賞金のケタが変わり、チェス選手との命とも言えるレートが増減するストレスにも晒されます。自由気ままではありますが、不安定で将来の見通しは立ちません。

  ボヘミアンな暮らしと、厳しい勝負の世界を「楽しい」と思える人こそ「プロの競技チェス選手」に向いていると言えそうです。

*1:対戦相手のレーティングと獲得ポイントがわかれば計算できるけど、手計算は面倒なのでサボった。ごめんなさい

*2:

https://en.chessbase.com/post/wang-hao-profile-of-a-chess-prodigy-1-2

*3:

https://www.shogi.or.jp/game/record/archives/2018_ranking.html プロ将棋は50局でほぼトップ10水準。ただ、チェスのオープン大会の序盤はかなりレートの低い相手との対戦になるし、大会終盤は合意の上での早期ドローも発生しがちなので単純比較はできない。