チェスの「プロ棋士」その3 チェスのプロが参加する棋戦の仕組み

  囲碁や将棋の世界では「棋院」や「連盟」など、プロ棋士の所属団体が棋士に対して参加すべき対局を割り当てます。棋士は、団体から地位の保証や報酬を受ける代わりに棋戦に参加する義務を負います。

  では、プロ団体やプロ制度を持たないチェスの世界の棋戦はどんな風に回っているのでしょうか?

 

1.大会エントリー

  チェスの選手たちは、数ある大会の中から自分で参加する大会を決めます。エントリー方法は大きく二通りです。

a.招待

  大会を盛り上げるため強いプレーヤーを呼びたい主催者は、マスター達に招待状を送ります。招待を受けるかどうかはマスターの自由です。国際チェス連盟(FIDE)の招待を蹴っても問題ありません。

b.自主登録

  一部の招待制の大会を除く多くのチェス大会は、広く一般のエントリーを受け付ける*1形になっています。大会公式サイトのエントリーフォームや電子メールなどの連絡手段を使って自分でエントリーを行います。

 

  また、出場選手たちは参加の条件について主催者と交渉します。交通費、宿泊費、エントリー料金といった大会参加コストの主催者側負担、参加日程の変更*2、appearance fee=出場報酬などが交渉の対象になります。大抵のプレーヤーは自分で交渉しますが、トップ中のトップ選手になるとマネージャーがつくこともあります。

  こうしてチェス選手たちは条件を比較しながら自分で出場大会を決めてスケジュールを組んでいきます。当然、賞金や出場報酬など条件のいい大会ほど強いプレーヤーが集まります。

 

2.大会の種類

  チェス大会にも種別があります。

 2-1.参加形態による分類

a.オープン

  大会運営のキャパシティが許す限り無制限にエントリーを受け付けます。アマかプロか、マスターか非マスターかは問われません。参加者レートの下限を設定する大会もありますが、その場合でもレーティング2000や2100程度の非マスターレベルのプレーヤーが参加できるレベルに設定されることが多いですね。*3

b.クローズド

  主催者から招待されたプレーヤーだけが参加できる大会です。

11月23日追記:

  IM小島慎也さんから、次のような指摘を受けました。

   「招待の有無」によって分類するのは正確ではなかったですね……。

 2-2.進行方法による分類

a.スイス式

  チェス大会の定番です。成績の同じプレーヤー同士を対戦させていくリーグ戦とでも言えばよいでしょうか。こちらのページでわかりやすく解説されています。

殆どのFIDE公認大会では、FIDEから認められたスイス式の組み合わせ決定ソフトを使って組み合わせを決めています。

  オープン制の大会は概ね「スイス式」で運営されます。

b.総当たり方式

  英語では「round robin」と呼ばれる仕組みですね。参加者全員で総当たりのリーグ戦を行います。かつては四回戦総当たりといった長い大会も開かれていたのですが、最近では一回戦総当たりが普通で最大でも二回戦程度です。

  クローズド制の大会ではこちらが主流です。

c.ノックアウト方式

  勝ち抜き戦方式、日本語の「トーナメント」です。チェスでは白番が黒番より優位とされるため、各ラウンドごとに白番と黒番を同数ずつこなす、ミニ・マッチの形式で勝ち抜くプレーヤーを決めます。

  囲碁や将棋では主流になっているノックアウト方式ですが、チェスでは主流とはいえず、あまり行われていません。最近、娯楽性の観点から「トップレベルではノックアウト式を増やすべきではないか」という意見も増えています。

d.1対1マッチ

   二人のプレーヤーが、決まったゲーム数を戦います。

  この形式の棋戦では、今行われている世界選手権のタイトルマッチが最も有名ですね。他に、主催者の好みでプレーヤーを二人選んで戦わせるマッチもよく行われます。チェスイベントの目玉として、地元のトップGMと海外から招待した有名GMがマッチを行ったりします。特にタイトルがかかったりはしませんが、持ち時間やアービターの配置など条件を満たせばレートのつくFIDE公式戦になります。

 

  

  将棋や囲碁のプロ棋戦は数か月単位の時間をかけて予選や挑戦者決定リーグの対局を少しずつこなしていく形が多いのですが、チェスの大会は、短期集中開催する形式が一般的です。

  連戦は当たり前、場合によっては持ち時間数時間のゲームを一日2ラウンドをこなすこともあります。早指しなら一日3ラウンド、4ラウンドもざらです。体力的にも中々大変ですね。

 

2-3.持ち時間による分類

  公式のレーティング対象となるチェスの持ち時間は三種に分かれています。

a.スタンダード(クラシカル)

  長時間行われるゲームのことを指します。団体によって条件は変動しますが、FIDE公式戦でレーティング2200以上のプレーヤーがゲームを行う場合、最低でも60手に対して2時間以上の持ち時間が与えられなければ「スタンダード」のレート対象なりません。90分+一手30秒加算のフィッシャー式が最低ラインとなります。

  チェス選手の格は、この「スタンダード」の持ち時間で行うゲームに対して与えられるFIDE公式レーティングによって決まります。「グランドマスター」などFIDE公認称号の認定も、この「スタンダード」のレーティングをもとに行われます。チェス選手にとって、最も大切な持ち時間でしょうね。

b.ラピッド

  いわゆる早指しです。FIDEのレーティング規定上では、60手続いた場合の持ち時間10分を超え、60分未満のゲームが「ラピッド」として扱われ、スタンダードとは別のレーティングがつきます。

c.ブリッツ

   「超早指し」のことです。FIDEのレーティング規定上では、60手続いた場合の持ち時間5分以上、10分未満のゲームが「ブリッツ」として扱われ、スタンダードとは別のレーティングがつきます。3分+一手2秒加算のフィッシャーモードが最低ラインです。

  スタンダードの大会のサイドイベントとして、賞金付きのブリッツ大会が開かれることも珍しくありません。

 

  この他に、ブリッツよりもさらに短い、持ち時間1分、2分程度で行われる「ブレット」「ライトニング」などと呼ばれる種別もあり、インターネットの対戦サイトでは「ブレット」の賞金付き大会が開かれています。

  近年のトッププロが参加するレベルの大会では、娯楽性を重視した持ち時間の短い大会を増やしていく動きがあります。

2-4.団体と個人

a.個人戦

  説明する必要もないと思いますが、プレーヤーが独立して個人で参加する大会です。

b.団体戦

  チェスは団体戦も盛んです。各国のクラブ対抗リーグや、国別代表が戦うオリンピアードなどがあります。プロ化している一部のクラブでは、報酬を支払ってトッププレーヤーを雇います。

 

3.スーパートーナメント

3-1.「スーパートーナメント」とは

  チェスのタイトル戦は「世界選手権」だけです。タイトルは「世界王者」ただ一つです。つまり囲碁・将棋の世界で言うところの「七大タイトル」のようなものはないのですが、囲碁・将棋のタイトル戦挑戦者決定リーグに相当する、高額賞金の提供されるトップレベルの大会を俗に「スーパートーナメント」と呼びます。

  「スーパートーナメント」には主催者から招待されないと出られません。基本的にはスタンダードのFIDEレーティングで2700以上、低くとも2600台後半の世界トップ100クラスでないと声がかかりにくい世界です。*4

  この「スーパートーナメント」に安定して招待され、「スーパートーナメント」を転戦できる地位を得ることがチェスのトーナメント・プロとして一つの到達点と言えるでしょう。

3-2.スーパートーナメントへ至る道

  とにかく、各地で行われるオープン制の大会やクラブチームの大会で勝ちまくり、レーティングを上げてプレーヤーとしての「格」を高めていくしかありません。レーティングを上げていけば、主催者から招待が舞い込むようになります。

  スーパートーナメントに出られる地位を得たら、あとは勝ち続けてその地位を守り続けなければなりません。プレーヤーとしての格が落ちてしまうと、招待状の数は減っていきます。

 

 4.まとめ

  長々と説明してきましたが、大雑把に言うと、チェスのトーナメント・プロの在り方はテニスやゴルフのツアーに参加するトーナメント・プロ選手の在り方に近しいのではないかと思います。チェスのプロは一定数以上の大会に参加する義務も負わないため、自由度は更に上です。*5

  収入や地位の保証は一切なく、競争から逃げられないけれども、限りなく自由。それがチェスのプロ選手の世界と言えそうです。

*1:チェスクラブのメンバーに限定したクラブ内の大会や、国内の選手にエントリーを限定したナショナル・トーナメントなど、一定の制限を設けることもある

*2:特定のラウンドを休む「Bye」、ラウンド日の入れ替えなど

*3:何事にも例外はあり、例えばAeroflot Openは2500+のGMクラスを要求する。

*4:地元枠でややレートの低いプレーヤーが呼ばれることもある

*5:チェスにはATPやPGAのようなプロツアー組織がない。最近「Grand Chess Tour(GCT)」が発足したが、年間五大会のみで発展途上