2018年チェス世界選手権タイトルマッチ、情報漏洩事件発生!?

  チェス世界選手権タイトルマッチが進行中ですが、勝負の行方に影響を及ぼす……かもしれない事件が起きました。

 

1.Youtubeに投稿された動画

まずはこちらのツイートをご覧ください。ツイートしたのはChess Life誌のコラムニストJohn Hartmann氏、及びシンガポール在住のチェス史家Olimpiu G. Urcan氏です。

 

 タイトルマッチの挑戦者Caruana陣営の合宿の様子を撮影した動画が投稿され、そこにCaruana陣営の序盤研究の内容が映り込んでいたというのです!

現在、動画は削除されており、見ることはできません。

https://www.youtube.com/watch?v=WvOS2hM2IfY

 

2.投稿者、セントルイス・チェスクラブ

  動画を見たチェス記者、Tarjei J. Svensen氏によれば、動画を投稿したのはセントルイス・チェスクラブ。

 Caruana陣営の内部情報を投稿できるセントルイス・チェスクラブとはいったい何者なのでしょうか?

 

  セントルイス・チェスクラブはセントルイス市民向けのチェス講座を開くなど、普通のチェスクラブらしい活動も行っています。しかし、世界のチェスファンにとっては、世界のトップ選手が参加する「スーパー・トーナメント」が開かれる会場として知られます。近年では、チェスの全米選手権の会場としても定着しました。

  なぜ、アメリカの一地方都市のチェスクラブにアメリカや世界のトップ選手が集まるのか。それはチェス好きの富豪、Rex Sinquefield氏が後ろ盾となっているからです。現在のチェス界最高の大会の一つである、Sinquefield Cupの「Sinquefield」はSinquefield氏の名前からとられています。


Sinqufield氏の尽力により「チェスの首都はセントルイスに移った」とまで言われるようになりました。

 

www.bbc.com

Caruanaはイタリア籍からアメリカ籍にチェス国籍を再変更した際にセントルイスに移り住んでおり、Sinquefield氏がCaruanaのパトロン的存在になっているとも言われています。

 3.漏れた情報

3-1.研究チームのメンバー

  Caruanaの研究チームに加わっているマスターの名前が明らかになりました。Svensen氏のツイートによれば、Caruanaの常任セコンドのRustam Kasimdzhanovに加えて、GM Alejandro Ramirez、GM Leiner Donmiguez、GM Ioan-Cristian Chirilaの姿が確認されたそうです。 RamirezとChirilaはセントルイス・チェスクラブの大会解説などでお馴染みの「セントルイスのいつものメンバー」という感があります。

  現在キューバ籍のDonmiguezはアメリカに移住し、近くアメリカへチェス国籍を移すと噂されていました。Caruanaのチームに加わっていたんですね。

3-2.準備している序盤定跡

  もう一度、ツイッターに投稿された画面キャプチャを見てみましょう。画面にデータベースの定跡ファイルが映っているのがわかりますね。

 もう少し拡大しましょう。下のほうは2016年にCarlsenが戦ったタイトルマッチの棋譜です。問題は上のほうです。

f:id:dame_chess:20181113234954j:plain

赤線は私が入れました。「QGD」や「Petroff」というのはチェスの定跡の名前です。この「QGD Bf4 10.Rd1 Re8」は第2ゲームで実際にCaruanaが黒を持ってプレーしたラインに近い形です。

実戦の10手目はRd8でした。これを見たCarlsenは時間を使い始め、すいすいと研究手を指し進めたCaruanaは持ち時間で大差をつけることになりました。

 

4.フェイク?高度な情報戦?

  私自身動画本体は見られなかったのですが、gifやjpgのキャプチャを見る限り広報用の動画だったようです。最初から晒すことを前提として「晒しても良い情報」を選んでいる可能性もあるでしょう。

ただ

・実際に使用されたラインに近いもの+Caruanaの得意定跡Petroffという画面に映ったラインナップがリアル

・「World Championship」が「Word Championship」という誤字になっている

・削除して「なかったこと」にされている

計画的な行動には見えないんですよね……。すべての振る舞いが計算された「高度な情報戦」なのかもわかりませんが、少なくとも勝負が終わるまでは真実は藪の中でしょう。

王者Carlsen陣営が公開した合宿の様子はこんな具合です。

 隠したい部分はぼかしてますね。

 

5.実際の影響

  画面に映った研究内容が「本物」だった場合、Caruana陣営は苦笑いしているかもしれません。特に「Fianchetto Grunfeld」はおそらく勝負に出る時の武器だったはずなので、それが表に出てしまったのは痛い。   

  それでもタイトルマッチ前の研究があれだけのはずはありません。研究チームのメンバーにしても「セントルイスの面子でチームを組んだらああなるかな」という予想の範疇内。「本物」だったにしても影響は限定的だと思います。

 

  何年か経ったとき、このマッチを振り返る面白いトリビアの一つになっていることでしょう。