チェスの「プロ棋士」その2 チェスのプロはどうやって稼いでいるのか、というお話

  ただの一ファンにわかる範囲で「チェスのプロ」たちが稼ぐ方法を語っていきたいと思います。

 

1.チェス競技者として稼ぐ

1-1.大会賞金

  大会に出ると成績に応じて賞金が出ます。最もイメージしやすい、ポピュラーな稼ぎ方ですね。広くエントリーを受け付けるオープン大会の場合、賞金額は具体的に公表されていることが多いです。

1-2.大会出場料

  競技者のレベルや大会の懐具合によっては、「appearance fee」といって出場するだけでプレーヤーに一定の報酬が支払われることもあります。囲碁・将棋でいうところの「対局料」と言えるでしょうか。こちらについては非公表になっていることが大半で、実態は伺い知れないですね……。

1-3.クラブチーム

  プロ化しているクラブチームのためにプレーして、報酬を得ることもあります。2700クラスの強豪GMともなると、ドイツの「ブンデスリーガ」や中国の「甲級リーグ」など世界各地のリーグを掛け持ちして転戦します。

1-4.個人スポンサー

  チェスにはプロ団体がないので、選手個々人がスポンサーをつけます。有名どころでは、アメリカのGM Hikaru Nakamuraがレッドブルを個人スポンサーにしていますね。

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1-5.多面指し

  これはどのジャンルに入れるか迷ったのですが、将棋や囲碁の「指導対局」とは異なり、チェスの「Simultaneous exhibition*1」は「指導」のニュアンスが薄いのでこちらに含めました。映像はChess.comの運営に関わっているIM Daniel Renschによる目隠し多面指しの様子です。

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2.チェス指導者/コーチとして稼ぐ

  チェスのプロたちの中で、完全に「プレーだけ」「競技だけ」の稼ぎでやっていけるのは一握りの精鋭のみです。ということで、大抵のプロたちはチェス指導者として日々の糧を得ることになります。

2-1.個人コーチ

   チェスの家庭教師、とでも言えばよいのでしょうか。個人に雇われてチェス指導を行います。1980年代後半アメリカのチェス界を描いた「ボビー・フィッシャーを探して」では、名コーチBruce Pandolfiniが著者の息子、ジョッシュのもとを訪れて指導を行う様子が描かれます。

二人が駒と対話しているあいだ、私*2は台所に腰掛けて、レッスンの進み具合はどうだろうと気をもむ。私がいるとジョッシュの気が散ることはわかっているのだが、それでものぞいてみたくなる。とうとう我慢ができなくなると、居間のむこうから二人の様子を数分間眺める。よくあるのは、ブルースが椅子に深くもたれてコーヒーをすすっている光景だ。ジョッシュは盤に向かい、両手で頭を抱え込んでいる。*3

  近年ではウェブでコーチを雇い、SkypeやWhatsappを通じたオンライン・レッスンも受けられるようです。個人でウェブサイトを開いているマスターも多くいますし、チェス対戦サイト、lichessやChess.comにはコーチ紹介窓口も用意されています。画像はlichessのコーチ一覧です。

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2-2.教室、スクール

  個人相手だけではなく、集団を教えることもあります。教える場は地域のチェスクラブが開講しているチェス教室であったり、「チェス・スクール」や「チェス・アカデミー」という名を冠した常設チェス教室だったり様々です。一例として、セントルイス・チェスクラブが公開している子供向け講座の映像でもどうぞ。

youtu.be

  学校の放課後、課外活動として子供相手のチェス教室が開かれる例も少なくないようです。少し古いですが、放課後に開かれるチェスクラブの様子がわかるVOAの取材映像です。

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 2-3.セコンド

  トップレベルのチェス選手は、トレーニングや序盤研究のパートナーとしてマスターを雇うことがあります。これらパートナーを務めるプレーヤーのことを「セコンド」と呼びます。*4

  世界選手権タイトルマッチの挑戦者、Fabiano Caruanaのセコンドに入っているRustam Kasimdzhanovやオランダ1位のGMであるAnish GiriのセコンドErwin L'amiあたりがよく知られている「セコンド」でしょうかね。

 

3.メディアで稼ぐ

3-1.出版

3-1.a著述

  囲碁や将棋のように、チェスの世界にも「棋書」があります。

  定跡を解説する「オープニング」本に加え、パズルのようなチェスの終盤「エンドゲーム」の教本、様々な局面に応用できる局面評価やプランの立て方を指南する「ストラテジー」本、テーマ別に選んだ手筋問題の並んだ「タクティクス」本などバラエティに富んだ棋書が出版されています。

  「New In Chess」や「American Chess Magazine」といったチェス専門誌もチェスプレーヤーが著述者として活動する場となります。

  また、囲碁・将棋と同じく、欧州や米国の新聞にも「チェス欄」が設けられていることがありますが、チェス欄では囲碁・将棋のように数回に分けて特定のゲーム全体を解説するスタイルはとられていません。チェス欄を担当するマスターがチェス界の話題やゲームをまとめたコラムを書く、あるいはタクティクス問題を出題する形が主流です。

 

3-1.b映像

  近年では、書籍や雑誌ではなく映像を商品化する例も多くなっています。ChessBaseやChess24、Chess.comといった大手チェスサイトでは、沢山のレッスン映像が販売されています。映像はChessBaseが販売しているビデオ教材のサンプルです。

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3-2.コメンテーター

  大きなチェス大会はインターネットを通じて生中継されており、マスターが局面の解説を行います。

www.youtube.com実際の中継映像はこんな感じですね。2018年ロシア選手権スーパーファイナル、解説はGM Morozevichが務めました。

3-3.チェス監修

  映画や漫画のチェスシーンで、駒の配置や所作などを指導します。

  映画「ハリー・ポッターと賢者の石」で「魔法使いのチェス」が行われるシーンでは、著名なチェスコーチのIM Jelemy Silman氏が原作の文章に則った局面図を作成しました。

 

4.強引にまとめてみる

  本当は市場調査した報告書なんかが読めればよかったのですが、どうにもそういった類のものが入手できなかったのが残念です。また、私の語学力の都合上、ロシア含む東欧の様子が掴めなかったのも反省点ですね。

  単に高い棋力や競技成績だけで一点突破できるのはトーナメント・プロだけで、他の手段を駆使して稼いでいるプレーヤーたちは棋力もさることながら、生徒を導く指導力や文章表現の能力、自分を売り込んでいく営業力など、盤上の技術以外のスキルも大事になりそうです。

  記事中にも登場したBruce Pandolfiniはコーチとして名高い人物で、評価の高い教本も執筆しているのですが、競技プレーヤーとしてはUSCFが認定する「ナショナル・マスター」の称号を得るに留まっています。Pandolfiniが現役プレーヤーだった年代*5を考えてもプレーヤーとして超一流というわけではありません。それでも、Pandolfiniは立派に「チェスのプロ」として名を成しています。

 「アマチュア」として活動するグランドマスターもいれば、「プロ」として生きていくことを選ぶ非GMプレーヤーもいるというのが面白いところだと思います。 

  

*1:simulと略されることが多い

*2:著者のFred Waittskin氏

*3:ボビー・フィッシャーを探して」日本語版158ページより

*4:単にコーチと呼ぶこともある

*5:昔はGM、IMの数は非常に少なく、70年代後半に入ってもGMの数は百数十人だった。