数学者からプロチェスプレーヤーへ GM John Nunnの場合

  英文学者にして著名な詰将棋の創作者・解答競技者である若島正さん。そんな若島さんはチェス・プロブレムの創作・解答の世界でも活躍されています。先日、プロブレム解答の世界選手権に参加した若島さんはツイッターにこんな投稿をしています。

向かって左側にいる白髪の人物こそ、グランドマスターJohn Nunnです。Nunnは「プロブレム解答グランドマスター」の称号を持つ解答競技の第一人者で、この大会ではシニア部門の優勝者でした。

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1.飛び級入学から数学博士

  1970年、15歳のJohn Nunn少年はその才を認められ、オクスフォード大学Orielカレッジに入学します。15歳の少年がこのカレッジに入るのは、16世紀以来の出来事であったそうです。*1

  数学を学んだNunnは1973年に学部を卒業、1978年に代数位相幾何学の分野で論文を書き、博士号を取得します。*2

  数学博士となったNunnは講師としてオクスフォード大学に残りました。

 

2.天才チェス少年

  15歳で飛び級入学し、23歳で博士になったJohn Nunnは強豪チェスプレーヤーでもありました。

  1967年、12歳のNunnは年代別のイギリス選手権に参加します。当時最も年齢の低いカテゴリは「14歳以下の部」だったのですが、Nunnは年上のプレーヤーを従えて優勝してしまいます。この大会では後にGMとなるAnthony Milesにも勝っています。

  オクスフォードで学ぶようになってからも、Nunnはジュニア年代の世界的な強豪として、また大学間対抗試合のチェス選手として戦い続けます。

  1975年、Nunnは欧州ジュニア選手権で優勝、1976年にチェス・オリンピアードでイングランド代表入りを果たします。博士号を取った1978年には、グランドマスターの称号も獲得しました。

 

3.チェスのプロになる

  1981年、Nunnは大学の職を辞し、フルタイムのプロチェスプレーヤーとなります。1980年代後半から90年代前半、Nunnは競技チェスプレーヤーとして全盛期を迎えます。

  1987年には地域の上位者を集めて開かれる世界的な大会「インターゾーナル」のSzirak*3大会にて第4位となり、3位までに与えられる世界王者への挑戦者決定トーナメント出場権獲得まで後一歩のところまで迫ります。*4

  世界ランクのキャリアハイは1989年1月期の第9位。*5

この頃はソ連のKasparovとKarpovが世界トップを争っていました。イングランドのNigel Shortが第3位、Jonathan Speelmanが第5位と、イングランドのチェス界にとっても良い時代でした。

 

  さて、数学博士のNunnですが、その数学の力はチェス盤上で役に立ったのでしょうか?後年、BBCのインタビューで「Can you use maths to win on the chessboard?」と問われたNunnはこう答えています。

I don’t think you can. I think there is a slight connection between maths and chess in that they both appeal to the same sort of person – people who have a problem-solving mentality – but between maths and chess themselves, purely as subjects, I don’t think that there’s a close connection and I don’t think that studying one is necessarily going to help you perform better in the other. *6

 強調は私が入れました。Nunn本人は、チェスと数学にはそう強い関連があるわけではないと考えているようです。

 

4.出版者

  1997年、Nunnは他の2人のマスターと共にチェス書籍を出版する「Gambit Publications」を設立。出版業に力を入れるようになり、競技の一線からは徐々に退いていきます。Gambit PublicationsはNunnの著作の他、日本語に翻訳されている「どうしたらチェスできみのパパに勝てるか」など初心者向けの書籍も含めて多数のチェス本を世に送り出しており、現在も活動を続けています。

  最近では、画面上で盤駒を動かしながら読み進めることのできるアプリ型のチェスコンテンツも揃えているようです。

 

5.還暦を過ぎて

 2015年、60歳となったNunnの誕生祝いとして、ブリッツ大会が開催されました。

  かつてのプロとして共に鎬を削ったGM SpeelmanやGM Seirawanの他、同年代のチェスプレーヤーで数学の道を進んだ大学教授GM Mestel、イングランドの後輩GM Mcshane、GM Gawain Jonesら多数のマスターが集まりました。Nunnの人望が伺えますね。

  現在のNunnはチェス書籍の出版活動を続ける傍ら、冒頭で紹介したようにプロブレムの世界で活躍。さらにチェスのシニア大会にも参加し、再びチェス競技者として公式戦を戦う姿も見せています。

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  これからも、Nunnがチェス盤上でその才能を発揮し続けることを願ってやみません。