【チェス警察】ルパン3世 PART5 第19話のチェス描写

  アニメで「ちょっとした小道具」としてチェスが用いられることは少なくないのですが、シナリオの中心に据えられることはそう多くありません。そんな中、放送・配信中のアニメ「ルパン3世 PART5」の第19話ではチェスがシナリオ上で大きな役割を果たしていました。

  なお、本エントリには本編中で行われたチェス対決の勝敗などネタバレが含まれます。

 

1.チェスが使われたシチュエーション

  主人公、ルパン3世は富豪のジルベルスタインからチェス対決の誘いを受けます。ルパンは誘いに乗り、人里離れた場所でジルベルスタインと100万ユーロを賭けたチェス対決に臨みます。

  実は、この誘いはジルベルスタインが仕掛けた罠。ジルベルスタインの用意した謎の狙撃手がチェステーブルに座ったルパンを狙います。しかし、ルパンの仲間である次元大介がこれを阻止します。

  盤上でルパンとジルベルスタインのチェス対決が進行する一方、謎の狙撃手と次元が銃撃戦を繰り広げます。

 

2.チェスの棋譜

2-1.使用棋譜の特定

  ということで、シナリオ中のチェスの棋譜を見ていきましょう。初めてゲーム中の盤面がわかるカットはこちら。オープニング前のアバンの部分です。

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白ジルベルスタインのQb8+のチェック*1を黒ルパンがKh7とかわしたところです。このあと、1.Qf4 Qxf4 2.gxf4と進行し、オープニング映像に入ります。

オープニング映像に入る前の局面はこんな具合です。

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 大体互角のエンドゲーム(終盤戦)といったところでしょうか。

この局面図を「FENコード」と呼ばれる文字列に変換してデータベースで局面検索を行うと、データベースに登録されたゲームの中から同じ局面の登場するゲームを抽出できます。

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ということで検索したところ、一件見つかりました。1950年のチェス・オリンピアード*2で行われたLarry  Evans対Haakon Opsahlのゲームです。

以降劇中に登場する局面図とも整合性が取れるため、「ルパン3世」で使用された棋譜とみて間違いないでしょう。

 

2-2.ミドルゲーム

本編に戻ります。オープニング映像が終わってから最初に登場する局面はこちら。

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序盤を抜けて中盤に入ってきたところです。ここまでの進行は2010年代にも実戦例があります。チェスにも激しい展開定跡になる序盤とじっくりした展開になる序盤定跡がありますが、このゲームはお互いに手堅く指し進めた序盤ですね。

ここから、ルパンとジルベルスタインが会話をしながらゲームが進んでいきます。シーンが終わるまでの進行を棋譜で表記するとこうなります。

13...a6 14.a4 Nxc3 15.Qxc3 Bg4 16.Nd2 Qg5 17.Rfc1 Re6 18.b5 axb5 19.axb5 Bh3

会話の中ではジルベルスタインがスナイパー「ミラージュ」の生い立ちを語ります。

「ミラージュが女だって、知ってる?」の台詞でジルベルスタインが15.Qxc3とクイーンを手にしている演出が良いですね。

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会話の終盤、ジルベルスタインが「いいハンターだったからねえ」と語り、ルパンが「なるほど」と答えた場面の局面図がこちら。

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黒ルパンのBh3は「放置していたら次の手でQxg2#とチェックメイトにするぞ」と対応を迫る手。白ジルベルスタインの有効な応手はg3とポーンを突く手のみ。黒の狙いはポーンを突かせて白のポーン構造を崩すことです。

このあとしばらく盤面は画面上に描写されませんが、モデルになった1950年のゲームではbxc6 bxc6とc6でポーンを取り合います。白は弱くなったc6のポーンを狙います。

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陣形の僅かな差を争う、じりじりとした展開です。

 

2-2.エンドゲーム

  しばらくは次元と狙撃手のバトルが続き、19話冒頭のシーンに戻ってきます。

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盤上に残った駒が一気に清算され、終盤に入ります。チェスでは将棋の「歩」にあたる駒、ポーンを一番遠くの段まで進めると「プロモーション」といって、一番弱いポーンが盤上最強の駒であるクイーン*3になります。

駒の減ったチェスの終盤戦「エンドゲーム」では、いかにして自分のポーンを「プロモーション」させてクイーンをつくるかがカギになってきます。

 

Aパートが終わり、次元の回想と銃撃戦を挟んで再び盤面が写ります。ゲームはかなり進んでいます。Aパート最後の手は白の29手目ですが、この場面は黒の73手目*4

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局面図はこちら。73...Rh1+のチェックです。

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 実はこの場面、白が大きく優勢です。

盤上の描写がなかった間に白は黒からポーン一つを奪い取り、h列に強力な「パスポーン」を持っています。パスポーンとは、相手のポーンに阻まれることなく前進できるポーンのことです。次の図の赤いマスにいるのが白のパスポーンです。

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この白のパスポーンを放置しておくとプロモーションしてクイーンになってため、黒はなんとかしてパスポーンの前進を止めるか、パスポーンを取ってしまう必要があります。

 

2-3.目隠しチェス

  ルパンが撃たれる寸前、次元の放った銃弾が狙撃手の銃を破壊。ルパンを狙った銃弾は逸れ、跳弾となってジルベルスタインの脚を撃ち抜きます。

チェステーブルはひっくり返り、駒は吹っ飛びます。この時吹っ飛んでいる駒はポーンとキングのみです。先ほどの局面からまた手が進んだことが伺えます。

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倒れたジルベルスタインは「キングf5」と口答で指し手を伝え、ゲーム続けようとします。ルパンも応じて「キングf7だ」と返し、最後にジルベルスタインが「ポーンf3」と言ったところでルパンは負けを認めます。

この最後の三手は参考にされたとみられる1950年のゲームと同じです。ということで、1950年のゲームの棋譜からテーブルがひっくり返る直前の局面図を作るとこうなります。

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この局面はもう「白勝勢」です。黒はなんとかh列のパスポーンを取りましたが、黒のキングがh列まで移動してパスポーンを処理している間に白のキングが前進して好位置を占めました。パスポーンを取らせている間に別のアドバンテージを得るのもチェスの終盤によくある筋です。

ジルベルスタインが脚を撃たれてまでゲームを続けた気持ちはよくわかります。長いエンドゲームを戦って、やっと確実に勝てるというところまで来たのに、こんなところで終わってしまっては悔やんでも悔やみきれない!

 

投了図はこちら。

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この局面は「ツークツワンク」と呼ばれる状態です。黒は何を指しても悪手になるのですが、チェスはルール上手番を放棄する「パス」ができないため、黒は悪手を指すしかありません。

投了やむなしです。

 

3.少し残念だったところ

  チェス対決が始まる前、ルパンを迎えるジルベルスタイン。この場面でチェス盤と駒の配置にミスがありました。

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3-1.盤の向き

  チェス盤は対戦相手に向かって座った時、右隅が白、左隅が黒になるように配置するのが正しい置き方です。画像をもう一度確認してみましょう。

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逆になっていますね……。ゲーム中の盤面は正しい配置になっていたので、このカットだけのうっかりミスだと思います。

 

3-2.キングとクイーンの位置

  同じカットではキングとクイーンの初期配置が間違っています。黒から白の陣地を見た時、キングを左側のe列、クイーンを右側のd列に置くのが正しい配置です。

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キングが右、クイーンが左になっています……。

初期配置でキングから遠い駒ほど高さが低くなる点など、こだわりが感じられるだけに、このミスも残念でした。

 

4.総評とファンとしてのちょっとした疑問

  ケアレスミスはあったものの、総じて「よくできている」と感じました。

  ルパン3世では過去のゲームの棋譜がそのまま使われました。過去の棋譜を使えば、破綻した局面図になってしまうことはありません。

  チェスの世界では棋譜は「パブリック・ドメインとされ、自由に利用してもよいことになっています。チェスが出てくる創作をしている方々は、どんどん過去の棋譜を使っていって欲しいと思います。棋譜Chessgames.comChess-dbといったサイトにて、無料で閲覧・ダウンロードできます。

  過去のゲームの棋譜が先にあって、そこから絵作りを行っていく形だったので制約があったはずなのですが、その中で台詞とゲームの進行を重ねてきたのはプロらしい仕事でしたね。

  ゲームの進行と対戦者の台詞回しが大きく食い違っている*5、ということもなかったように思います。

 

  

  

 

  ……最後に。なぜLarry Evansのゲームが選ばれたのか、という点はチェスファンとして気になります。

  EvansはFischerやAlekhineら世界王者や世界王者に挑戦したプレーヤーたちと比べれば知名度では劣ります。しかし、一時期のアメリカを代表するプレーヤーなので、適当にデータベースから一局選んで偶然Evansを引き当てたとも考えにくい。

  機会があれば真相を聞き出してみたいものです。

*1:将棋でいうと王手

*2:国別対抗の団体戦。チェス五輪。

*3:将棋の飛車+角の動きをする

*4:チェスの手数は白黒の指し手をセットにして「一手」と数えます。将棋のように、先手・後手それぞれの手を「一手」として数えると146手目になります

*5:チェックメイトを宣言しているのにチェックメイトになっていない、など。Fate Extra Last Encoreは残念でした……。