将棋界で「待った」が話題になっているので、チェスの着手ルール違反・ルール適用の実例を紹介してみる【タッチ・アンド・ムーブ】

  有名棋士が「待った」に見える着手をしたことで「待った」が少々話題になっていますが、チェスの着手にも有名な「タッチ・アンド・ムーブ」など着手に関してルールがあります。

  チェスの着手に関するルールは国際チェス連盟(FIDE)が定めているLaws of ChessのArticle 4に記載されています。

  有名なグランドマスターGM)が「ついうっかり」やってしまった実例を見ていきましょう!

 

1.チェス界最強の男も「待った」をする 2010年世界ブリッツCarlsen対Savchenko

  まず映像をご覧いただきましょう。

右のプレーヤーはMagnus Carlsen。現在の世界チャンピオンであり、当時すでに世界ランキング1位でした。左のプレーヤーはロシアのGM Boris Savchenkoです。

右のCarlsenがルール違反をしてしまった瞬間を見ていきましょう。

1.まずCarlsenがキングを動かします。

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2.Carlsenがキングから手を離します。

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3.Carlsenがもう一度キングをつかみ、隣のマスに移動させます。

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3の瞬間に、規則違反となります。将棋でいうところの「待った」ですね。該当するのは当時のもので規則4.6です。

4.6 When, as a legal move or part of a legal move, a piece has been released on a square, it cannot be moved to another square on this move.(後略)

あるマスの上で手放された駒は、その指し手で別のマスへと動かすことはできません。

 4.対戦相手のSavchenkoは直後に規則違反を指摘しました。(推測)

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この後両者は握手を交わし、Carlsenの負けで対局が終了します。

チェスの着手規則違反は即敗戦とはならないのですが、Carlsenが違反する前の元の指し手でゲームを続けると次の手で手筋が決まってCarlsenのルークがタダで取られ、Carlsen敗勢となります。Carlsenとしては継続する意味がないため、投了による敗戦を選んだものと思われます。

 

2.うっかり触ってしまいました 2016年Candidates Tournament Aronian対Nakamura

  まず映像をご覧いただきましょう。

この大会は世界チャンピオンへの挑戦者を決める重要な大会で、白のGM Levon Aronianと黒のGM Hikaru Nakamuraは世界トップクラスのプレーヤーです。

 

1.黒のNakamuraがキングをつかみます。

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2.Nakamuraがキングから手を離します。

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実はこの局面、キングを動かす手は全て悪手だったのです。Nakamuraが手を離したのは「マズい!」と気づいたためでしょう。

3.Aronianが「キングに触れた」ことを指摘します(推測)

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4.アービター(審判)とも会話します。

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5.Nakamuraがキングを動かしました。

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ここで適用されたのがいわゆる「タッチ・アンド・ムーブ」の規則です。該当する当時の規則を引用します。

4.3 Except as providedin Article 4.2*1, if the player having the move touches on the chessboard, with the intention of moving or capturing:

 a.  one or more of his own pieces, he must move the first piece touched that can be moved.(後略)

 着手の意思を持って駒に触れた場合、必ずその駒を動かさなければならない、と書かれています。1の時点でNakamuraにキングを動かす以外の選択肢はなくなっています。Aronianは、その後のNakamuraやアビターとの会話でそのことを確認したものと思われます。

  結局Nakamuraはルール通りにキングを動かしましたが、この一手が致命傷となって負けてしまいました。

 

3.規則違反は正しく指摘しよう 2015 FIDE World Cup Nepomniachtchi対Nakamura

  まずこの画像をご覧いただきましょう。このゲームを扱ったChess.comの記事から引用です。

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  黒のNakamura(青いシャツのプレーヤー)が両手で駒を動かしていますね。この時点で規則違反です。該当する規則を引用します。

4.1 Each move must be made with one hand only.

明快ですね。それぞれの指し手は片手のみで指されなければならない、と書かれています。

  しかし、このゲームはこの時点で違反が指摘されず、Nakamuraの勝利で終局します。負けたNepomniachtchiは大会のAppeals Committee*2に対し、Nakamuraのプレーが規則4.1に違反している旨の申し立てを行いました。

  これに対するAppeals Commiteeの返答を大雑把にまとめるとこんな感じです。

  • Nakamura勝利の結果は覆らない
  • 規則*3により、Nepomniachtchiはゲーム結果の変更を求める権利を持たない
  • Nepomniachtchiは自分の駒に触れる前に時計を止め、チーフ・アービターにArticle 4の適用を求めるべきであった
  • チーフ・アービターはNakamuraに警告を与えなければならない

カギになっているのは規則4.8です。引用します。

4.8 A player forfeits his right to claim against his opponent’s violation of Articles 4.1 – 4.7 once the player touches a piece with the intention of moving or capturing it.

  プレーヤーは駒を動かす意思を持って駒に触ったのち、対戦相手の規則4.1から4.7違反を主張する権利を失う、と書かれています。Nepomniachtchiが申し立てを行ったのは4.1についてですので、Nakamuraの「両手着手」について指摘する権利は次の手を指した瞬間に失われているのです!もちろん、ゲームが終わった後に違反を指摘する権利は残っていません。

 

  相手の違反を指摘するにあたっても、規則を熟知している必要があるのです。

 

 

世界最強レベルのGMたちにも「うっかり」はあります。「うっかり」のときにもしっかり規則に従った対応をしていきたいものですね。

*1:4.2は手を指すのではなく、単に駒の位置を直すために駒に触れたい場合は、「駒の位置を直します」と意思を示さなければならない、という趣旨の規則です。

*2:プレーヤーの申し立てを受け、規則違反その他、競技に関する事象に裁定を下す裁定する委員会

*3:原文では4.7ですが、Chess.comが正しく示しているように、これは4.8のことなのでは……?