チェス世界選手権タイトルマッチを戦うことになったFabiano Caruanaさんを紹介してみる

  世界王者、Magnus Carlsenへの挑戦者を決めるCandidates 2018はアメリカのGM Fabiano Caruanaの優勝で幕を閉じました。

   CaruanaはBobby Fischer以来のアメリカ人世界チャンピオンを目指し、タイトルマッチで戦うことになりました。

そんなCaruanaの来歴を紹介していきます。

 

1.ブルックリンの少年

  Caruanaは1992年にアメリカのフロリダ州マイアミに生を受けます。彼がチェスに出会ったのはニューヨークのブルックリンに移り住んでいた5歳の頃でした。Caruanaの父Louisさんによれば、Caruanaはチェスを始めて2か月で父と互角、3ヶ月で完全に追い抜いていたそうです。*15か月後には、初めて大会に出場するまでになっていました。

  早い段階でチェスに対する適性を示したCaruanaは、コーチに師事して本格的にチェス競技へ取り組むようになります。幼少期のCaruanaのコーチの一人は、映画「ボビー・フィッシャーを探して」にも登場する有名コーチ、Bruce Pandolfiniでした。*2

  また、Bobby Fischerを育んだ地でもあるブルックリンでは公園での賭けチェスが盛んに行われていることでも知られます。Caruanaも時には公園で指していたそうです。*3

www.youtube.comボビー・フィッシャーを探して」予告編

youtu.bePandolfiniさんとCaruanaが登場する映像。幼少期の写真も出てくる。

  映画の主人公のように「天才チェス少年」として成長したCaruanaは9歳で全米チェス協会(USCF)の認定するナショナル・マスターの称号を獲得。10歳にしてUSCF公認大会でグランドマスターに対する勝利をおさめます。このほか汎アメリカ・ユース選手権優勝など輝かしい実績を積み上げていたCaruanaは、更に上を目指すため、大きな決断を下します。

 

2.ヨーロッパでの武者修行

  2004年、12歳のCaruanaは家族と共にチェスの本場、ヨーロッパへ移住します。最初はスペインで過ごし、次いで当時のコーチAlexander Cherninが住んでいたハンガリーを拠点としました。

  ハンガリー時代のCaruanaはよく知られている月例大会「First Saturday」の常連となりました。First Saturdayは国際チェス連盟(FIDE)公認の称号、インターナショナル・マスター(IM)やグランドマスターGM)の獲得に必要な「ノーム」を取得できる大会で、IMやGMを目指す各国のプレーヤーが集まって鎬を削ります。日本のIM小島慎也さんもIMを目指していたころにFirst Saturdayに参加し、ノームを取得しています。

  努力が実り、Caruanaは14歳と11か月でGMの獲得に必要な3つ目のGMノームを取得しました。これは当時のアメリカ籍プレーヤーとして最年少の記録でした。

  この頃、Caruanaは、チェス・プレーヤーとしての籍をアメリカ籍からイタリア籍に移しました。*4Caruanaはイタリアのトップ選手として活動し、2011年までにイタリア選手権を4度制することとなります。

www.youtube.com2006年イタリア選手権より。

  Caruanaは後にアメリカに帰国し、籍もアメリカに戻しましたが、帰国後ヨーロッパ時代を振り返ってこう語っています。

I would play 100 games a year or something, for 10 years. And I went from a decent, talented kid level, to pretty much a strong Grandmaster level by the time I came back.

 「天才少年」はGMとなり、世界の頂点を目指して戦っていくのです。

 

3.世界の超一流プレーヤーへ

  Caruanaは2010年に超一流プレーヤーの証、FIDEレーテイング2700を突破しました。この時以来、Caruanaのレーティングが2700を割り込んだことはありません。

  2012年にはTata Steelを皮切りにSparkassenなど「スーパートーナメント」と呼ばれる世界トップレベルの招待制大会を転戦。この頃からCaruanaは「スーパートナメント」の常連となります。

  超一流の仲間入りを果たしたCaruanaがキャリア最高のパフォーマンスを見せたのが2014年のSinquefield Cupです。

youtu.be  この大会でCaruanaは世界チャンピオンになっていたMagnus CarlsenやLevon Aronian、Hikaru Nakamuraら世界のトップ選手を相手に7勝3分と勝ちまくり、3100を超えるトーナメント・パフォーマンス・レーティング*5を記録しました。

  チェス界の巨人たちと肩を並べ、「次の世界チャンピオン」として名前もあがるようになったCaruana。2015年にはチェス国籍もアメリカに戻し、Bobby Fischer以来のアメリカ人世界王者となるべく挑戦していくのです。

 

4.2016 Moscow Candidates

  2014年から2015年のFIDE GPで成績により、Caruanaはついに世界王者への挑戦者を決めるCandidates Tournamentへの出場権を勝ち取ります。

  モスクワで開かれた2016年大会、Caruanaは最終戦で同ポイントでトップを並走するKarjakinとの直接対決に臨みました。同点の場合のタイブレークでKarjakinに劣っていた*6Caruanaは不利な黒番で勝ちを目指して戦う必要に迫られます。

  Caruanaは攻撃的にプレーしますが、Karjakinに見事なコンビネーションを決められ、敗れてしまいます。初の世界選手権タイトルマッチ出場は持ち越しとなります。

www.youtube.comKarjakin - Caruana解説動画

www.youtube.com大会主催者が公開しているCandidates 2016ドキュメンタリ映像

 5.2018 Berlin Candidates

  2年後、Caruanaは再びCandidates Tournamentへの切符を手に入れます。今回は過去1年のFIDEレーティングの高さによって出場権を勝ち取っており、その期間中高いレベルでのパフォーマンスを維持していたことが伺えます。

  Caruanaは初戦で同じアメリカのWesley Soに勝利すると、更に勝ち星を重ね、勝ち越し3つの単独1位で折り返しを迎えます。

youtu.be第7ラウンド後にアップロードされた観戦者たちの優勝予想。

 しかし、2位Mamedyarovとの直接対決をドローで終え、残り3ラウンドとなった第12ラウンドでCaruanaの行く手に暗雲が立ち込めます。Caruanaは第12ラウンドで敗れ、勝ち越し2つの1位タイに後退。0.5ポイントに5人がひしめく大混戦となりました。Caruanaに勝って追いついてきたのは、奇しくも前回Candidates最終ラウンドでCaruanaの野望を打ち砕いたKarjaknでした。

youtu.be第12ラウンドの解説。Karjakinのエクスチェンジ・サクリファイスが好手だった。

  タイブレークでもKarjakinに劣り、一気に追い込まれたCaruanaでしたが、幸い次のラウンドまでには一日の休養日が設けられていました。Caruanaは休養日を利用し、リフレッシュを図ります。Caruanaは映画館へ向かい、「Shape of Water」を鑑賞しました。およそ2時間、チェスのことを忘れて映画を楽しんだそうです。*7

www.youtube.com  Caruanaは第13ラウンドでAronianを下して単独1位に再浮上します。

  迎えた最終第14ラウンド。0.5ポイント差で追うKarjakinとMamedyarovは共にタイブレークでCaruanaを上回っており、Caruanaは黒番ながら簡単に引き分けで終わらせるわけにはいかない状態*8でした。

   Karjakin、Mamedyarovは中盤で引き分け濃厚の局面となり、ほぼ挑戦権を手中にしたCaruana。しかし、優勢を手にしていたCaruanaは黒番ながら勝ちを目指して攻め続けます。

  そして69手目。Kg3を見た対戦相手のGrischukが投了し、Caruanaの優勝が確定します。Caruanaは1972年Fischer以来のアメリカ人挑戦者*9になったのです。

www.youtube.comGM Daniel Kingによる最終ラウンド解説。

www.youtube.com優勝会見。

 

6.タイトルマッチへ

  Candidatesを終えたCaruanaは喜びもつかの間、Carlsenも参加するスーパー・トナメント、GRENKE Chess Classicに参加するためベルリンからカールスルーエへ移動しました。Caruanaはこの後、全米選手権、Norway Chess、Grand Chess Tourへの参加を予定しており、夏までは忙しい日々が続きそうです。

  さて、CaruanaはCadidates後のインタビューでタイトルマッチに勝つ可能性について語りました。チャンスは50-50だとし、最高のレベルでプレーできればCarlsenを倒すチャンスは手の届くところにある、と述べています。

www.chess.com  タイトルマッチは今年の11月、ロンドンで開催されます。2010年代のチェス界に君臨する王者、Carlsenに対しCaruanaがどんな戦いを見せてくれるのか、大いに注目していきましょう!

*1:CBSニュース He's No Pawn In The Game

*2:映画の中でPandolfiniを演じたのはBen Kingsley。映画の中では峻厳なコーチとして描写されるPandolfini氏ですが、実際はもっと優しいコーチだったそうです。

*3:Q&A with chess grandmaster Fabiano Caruana - New Hampshire Business Review - September 30 2016

*4:Caruanaはアメリカとイタリアの重国籍を持っていたので選択可能だった。

*5:大会での成績がどの程度のレーティングに相当するか示す指標

*6:同点の場合、Karjakinが上の順位になる

*7:Caruana Beats Aronian, Leads Before Candidates' Tournament Final Round - Chess.com

*8:Caruana引き分けてKarjakin或いはMamedyarivが勝てばCaruanaは2位以下になる

*9:世界王者分立時代の1996年にKamskyがKarpovに挑戦しているので、これを含めれば「Kamsky以来」となる。