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老人VS天才児 ヴィクトル・コルチノイの最晩年

私は老いぼれたライオンでしょうがね、口の中に手を入れられたら食いちぎってやりますよ。

――初代チェス世界王者ヴィルヘルム・シュタイニッツ  

 

  12月24日、将棋の竜王戦加藤一二三九段(76歳)と藤井聡太四段(14歳)が公式戦を戦います。方や70代に入っても現役プロ棋士として指し続ける生ける伝説、方や史上最年少でプロ入りを決めた新鋭。藤井四段のプロデビュー戦ということもあり、将棋界の内外で大いに注目を集めています。

 

  チェスにおいて、大ベテラン対10代の若手という顔合わせで思いこされるのは今年亡くなったヴィクトル・コルチノイのことです。加藤九段のように、老いてなお第一線で戦い続けたコルチノイのことを紹介したいと思います。

 

1.偉大なるグランドマスター、コルチノイ

  ヴィクトル・コルチノイは1931年ソ連レニングラードの生まれ。*1長じてチェスの強豪となり、1950年代から数十年にわたって世界トップレベルで戦いました。1978年と81年の二度、世界選手権タイトルマッチに出場し当時のチャンピオンであるアナトリー・カルポフに挑戦しましたが、二度とも敗れています。*2「世界チャンピオンになれなかった最高のプレーヤーは誰か」という議論では必ず名前が挙がるといっていいでしょう。

 

2.コルチノイVS神童

  さて、チェス・プレーヤーは強制的に引退させられるということがありません。大会にエントリーし、プレーすればそれで現役続行です。カスパロフのようにスパッと身を引く選択をするマスターもいますが、コルチノイは戦える限り戦い続ける道を選びました。

  2000年代に入り、70歳を過ぎてもなお頑張るコルチノイは現代チェス界を引っ張る天才たちと対峙しました。

 

2-1.2004年スマートフィッシュ・チェスマスターズ

  当時73歳のコルチノイはノルウェーの神童マグヌス・カールセンと顔を合わせます。後に世界チャンピオンとなるカールセンは当時14歳。既にグランドマスターGM)の称号を獲得していました。

   コルチノイ1ポーン得のルーク・エンディングでカールセンの時間が切れ、コルチノイの勝利となりました。この大会のコルチノイは9ゲームで2勝2敗5分の指し分け、一方のカールセンは1勝4敗4分の負け越しながらFIDEレーティング*32700を超える一流GM、アレクセイ・シロフに勝って才能の片鱗を見せています。

 

2-2.2007年ギオルギー・マルクス記念大会

  2007年、76歳ながらレーティング2600を維持するコルチノイの前に現れたのは中国の13歳、ホウ・イーファンでした。後に女子世界チャンピオンとなるホウはこの年史上最年少で中国女子選手権を制覇。翌年、女性として史上最年少でGMの称号を獲得します。

  この大会は2回戦総当たりで行われ、コルチノイはホウに対して1勝1分の成績でした。コルチノイが勝ったゲームを紹介しておきます。

  ルーク・エンディング*4を勝ちきりました。コルチノイはルーク・エンディングの名手として知られ、ルーク・エンディング解説書も執筆しています。

  この大会のコルチノイは3勝4敗3分と負け越しでした。

 

2-3.2011年ジブラルタル

   79歳となり、2500台までレーティングを落としていたコルチノイは第2ラウンドで大会の優勝候補、当時18歳のファビアーノ・カルアナと対戦しました。2016年12月現在世界ランク2位のカルアナは当時既にFIDEレーティング2721、世界ランク25位の世界的トップ選手でした。

   79歳のコルチノイが見事な勝利を飾りました。f5-g5-g4とキング側のポーンを進める積極的な仕掛け、白に致命傷を与えたBxd3!*5の筋など並べていて楽しいゲームですね!

  この大会のコルチノイは10回戦で3勝1敗5分、150人中39位でした。

 

 3.その後のコルチノイ

  80歳の誕生日を過ぎても競技会に出続けていたコルチノイですが、健康状態の悪化により2012年9月のスイス・リーグ以降公式戦で戦うことはありませんでした。

  公の場での対局は2015年のチューリヒ・チェス・チャレンジに合わせて行われた同世代のGMヴォルフガング・ウールマンとのエキシビション・マッチが最後となります。

en.chessbase.com

  2016年6月、コルチノイは85歳でその生涯を閉じました。私はどう頑張ってもコルチノイのような強いプレーヤーにはなれませんが、 生涯にわたってチェスプレーヤーであり続けたことぐらいは真似できればいいなあと思っております。

 

  将棋のプロ棋士には引退制度があるので難しい面はありますが、加藤一二三九段も力の及ぶ限り戦い続け、勝ち星を積み上げて欲しいですね……。

*1:独ソ戦レニングラード包囲戦を生き延びています。

*2:フィッシャーの防衛マッチ放棄により、事実上のチャンピオン決定戦となった1974年の挑戦者決定マッチも含めると、都合三度世界の頂点に手をかけたことになります。

*3:チェス選手を評価する物差し。2500を超えるとGMレベルで、2700を超えると世界トップレベルです。

*4:ルークとポーン、あるいはルークのみが残った終盤戦のこと。

*5:30.Rxd3とすると30...e4でクイーンとルークの両取り。