セントルイスでカスパロフと戦うGMたち 

  元世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフの参加が発表され、大いに注目を集めるセントルイス・ラピッド&ブリッツですが、他の出場者についてはチェス観戦勢以外にはあまり知られていないと思います。

  そんなわけで、簡単な出場者紹介を作ってみました。

1.Fabiano Caruana

生年 1992
所属連盟 アメリカ
FIDEレート(世界ランク) 2807(3位)
  • 母がイタリア出身で、イタリア籍でプレーしていた期間が長かった。2015年にアメリカ籍に戻した。
  • 幼少期はブルックリン在住。映画「ボビー・フィッシャーを探して」に登場する名コーチ、ブルース・パンドルフィーニに師事していた時期もある。
  • 2014年Sinquefield Cupで現役世界王者のカールセンら世界のトップ選手を相手に7勝3分と驚異的パフォーマンスを披露。
  • ゲーム部門でフォーブス誌の「30 Under 30」に選ばれる。

2.Sergey Karjakin

生年 1990
所属連盟 ロシア
FIDEレート(世界ランク) 2773(12位)
  • 出身はクリミア半島シンフェロポリ。かつてはウクライナ籍でプレーしていた。
  • 史上最年少の12歳と7ヶ月でGMの称号を獲得。この記録は現在も破られていない。
  • 昨年世界王者のタイトルをかけて現王者のカールセンに挑戦。早指しのタイブレークまで持ち込んだが、敗れた。

3.Hikaru Nakamura

生年 1987
所属連盟 アメリカ
FIDEレート(世界ランク) 2792(7位)
  • 父が日本人で日本風の名前を持つが、日本を離れたのは2歳の頃なので日本語は殆ど話せない。
  • 15歳でGMの称号を獲得。当時ボビー・フィッシャーの持っていたアメリカの最年少GM記録を更新した。*1
  • 持ち時間3分や1分といった超早指しが得意。インターネットの対戦サイトChess.comに頻繁に登場し、世界のマスターを相手に勝ち星を積み上げている。
  • レッドブルがスポンサーについている。

4.Viswanathan Anand

生年 1969
所属連盟 インド
FIDEレート(世界ランク) 2783(10位)
  • インド初のグランドマスターにして、元世界チャンピオン。2013年に現世界王者カールセンとのタイトルマッチに敗れて失冠。
  • 出身地にちなみ「マドラスの虎」の二つ名を持つ。愛称は「Vishy」
  • 1990年代から現在に至るまで世界トップレベルのプレーヤーとして戦い続けている。
  • カスパロフとは1995年に世界王者のタイトルをかけて戦った間柄。この時はカスパロフに軍配が上がった。

5.Ian Nepomniachtchi

生年 1990
所属連盟 ロシア
FIDEレート(世界ランク) 2751(15位)
  • フォーラムや情報サイトでは「Nepo」と略されることが多い。*2
  • DOTAやハースストーンで遊ぶゲーマーとしても知られる。ゲームのロゴやキャラクターをあしらった服を着てチェス大会に出場することも。
  • 2014年に世界ブリッツ、2015年に世界ラピッドで2位に入った。

6.Levon Aronian

生年 1982
所属連盟 アルメニア
FIDEレート(世界ランク) 2799(5位)
  • 強豪国アルメニアで国内ランク1位。00年代から世界トップレベルで活躍を続けている。
  • 世界王者への挑戦者を決める大会に5回出場しているが、まだ挑戦権獲得は果たせていない。
  • 今年はGRENKE Chess Classic、Norway Chessと世界レベルのプレーヤーが集まる大会で二度優勝している。
  • CNNによれば、チェスのデビッド・ベッカムらしい。

7.David Navara

生年 1985
所属連盟 チェコ
FIDEレート(世界ランク) 2737(26位)
  • チェコ国内ランク1位。チェコを代表するプレーヤーとして、年一回プラハに招かれた世界のトップ選手と一対一のマッチを行っている。
  • 負けても穏やかな表情を崩さないため、インタビューでファンから「どうやって落ち着きを保っているのか」と質問される。

8.Le Quang Liem

生年 1991
所属連盟 ベトナム
FIDEレート(世界ランク) 2739(23位)
  • ベトナム国内ランク1位。2015年、フォーブス誌ベトナム版で「30 Under 30」に選出される。
  • チェス奨学生プログラムを持つアメリカの大学に留学していた。今年卒業。
  • 2013年世界ブリッツ優勝。
  • 今夏はワールド・オープン(米国)→儋州GM(中国)→セントルイス・ラピッド&ブリッツ(米国)→チェス・ワールド・カップ(ジョージア)と大陸間を移動して大会に参加する予定。

9.Lenier Dominguez

生年 1983
所属連盟 キューバ
FIDEレート(世界ランク) 2739(24位)
  • キューバ国内ランク1位。ラテンアメリカのトッププレーヤー。
  • 2008年世界ブリッツ優勝。
  • 今年はここまでネット棋戦以外の大会出場なし。

*1:現在の最年少記録保持者は13歳でGMになったSamuel Sevian

*2:「ネポなんとかさん」扱いされてることも

カスパロフ現役復帰! 引退から復帰までの道のり

  今月、元チェス世界王者、ガルリ・カスパロフが12年の時を経て再び競技会に復帰します!チェス界では、久方ぶりの正式な大会でかつての王者がどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか、大いに期待が高まっています。

en.chessbase.com

 

1.引退

  2005年に開かれたリナレス国際チェス大会の最終戦後、カスパロフは記者会見の中で、職業的なチェス競技から引退すると発表しました。

en.chessbase.com

  当時、カスパロフが持っていたレーティング*1は2812で世界ランクは1位。ロシアの後輩クラムニクに世界王者の称号を譲っていたものの、世界的なチェスの第一人者としての地位を保ったまま、余力を残してのの引退だったと言えるでしょう。

  リナレスでの引退宣言以降、カスパロフ国際チェス連盟(FIDE)のレーティング対象となる公式戦には一切出場していません。

 

2.引退後のカスパロフとチェス

  引退後のカスパロフはロシアの民主化を主張する政治運動家としてロシアのプーチン政権批判を展開。2008年にはロシア大統領選挙の野党候補者にも選ばれました。*2

  また、最近では人工知能と人間の関係について考察する本「Deep Thinking」を執筆、TEDでも同様のテーマで講演を行っています。今後はテクノロジーと人間の関係という分野でもカスパロフの発言が増えていくかもしれません。

 

  さて、活動家、著述家として知られるようになったカスパロフですが、チェスとの関りが全くなくなったわけではありません。

  チェス関連の著述の他、多面指しイベントやエキシビションマッチなど公式なレーティングのつく競技会以外のでチェスを指すこともおこなっています。

  エキシビションではかつての宿敵アナトリー・カルポフとも戦ったことがありますが、日本人の我々にとって記憶に新しいのは将棋のプロ棋士にしてチェスでもFMタイトルを保有する羽生善治さんとの対決でしょうね!

ex.nicovideo.j

 

3.セントルイスでの二度のエキシビション

  今回の復帰にあたり、復帰戦と同じ会場・主催者のもとで行われた二度のエキシビションマッチに言及しておくべきでしょう。

 

  2015年、カスパロフは早指しでGMナイジェル・ショート*3と対戦しました。

  ショートとカスパロフは1993年に世界王者をかけてタイトルマッチを戦いました。カスパロフは05年にチェス競技の世界から退きましたが、ショートは世界ランク100位以内を保ち、現在も現役のプレーヤーとして戦い続けています。

  現役選手ショートに対し、引退して久しいカスパロフがどんな戦いを見せるのか、という構図だったのですが、蓋を開けてみるとカスパロフの圧勝。

www.chess.com

あるニュースサイトには「セントルイスの虐殺」の見出しが躍ったほどです。

 

  2016年には全米選手権の上位3人にカスパロフを加えた4人でブリッツ(超早指し)のエキシビション大会が実施されました。この上位3人はいずれも当時の世界ランクのトップ10に入る現役バリバリのトップ選手たち。

  カスパロフの力は現役の世界トップ10プレーヤーに通じるのか、と注目を集めたこのエキシビションカスパロフは1位に1.5ポイント、2位に0.5ポイントの差*4で4人中第3位でした。レーティングのつかない「花相撲」とはいえ、このクラスのプレーヤーたちと互角にやり合う姿を見せました。

www.chess.com

  この2度のエキシビションで、カスパロフは早指しでは現役のトップ選手に劣らない力を持つことを示したと言えます。

 

4.2017年8月、カスパロフ復帰

  そして、2017年8月14日から19日にかけて行われる大会、セントルイス・ラピッド&ブリッツにおいてカスパロフが12年ぶりにFIDE公式戦に復帰することになったのです。

grandchesstour.org

  セントルイス・ラピッド&ブリッツはその名の通りラピッド=早指しとブリッツ=超早指しの大会です。この大会で行われるゲームは2012年に新設された「ラピッド」と「ブリッツ」部門のFIDE公式レーティング対象ゲームになります。

  参加選手はカスパロフを含めて10人。昨年のエキシビションに参加したアメリカのトップ選手3人ら一線級の選手が参加します。

  大会は「ラピッド」セクションと「ブリッツ」セクションに分かれます。ラピッドでは25分+一手ごとに10秒ディレイ*5持ち時間で1回戦総当たり、ブリッツでは3分+一手ごとに2秒ディレイの持ち時間で2回戦総当たりを行い、合計ポイント*6の多いプレーヤーが優勝となります。

  賞金総額は150,000米ドル、優勝賞金は37,500米ドルです。

  大会の模様はYoutubeで実況・解説を付けて生中継されます。

 

5.大会後のカスパロフはどうする?

  さて、カスパロフは今後本格的に競技チェスに復帰していくのでしょうか?高まる期待に対し、カスパロフはこんな言葉でくぎを刺しています。

I wish I had real time to prepare, but I want just to warn people that have big expectations: read my lips, my retirement will be resumed on August 20th! *7

今回の復帰は大会期間中の5日間限定であり、他の大会への参加はないようです。

今年行われた別のインタビューでも次のように語り、本格的なチェス競技への復帰を否定しています。

I have no interest in big chess challenges. Top-level chess, especially classical chess, requires concentration and dedication. I have a million other things in my life today, from young children to books and politics. It’s not compatible with professional chess and I’m quite happy with my life.

I have no interest in big chess challenges. Top-level chess, especially classical chess, requires concentration and dedication. I have a million other things in my life today, from young children to books and politics. It’s not compatible with professional chess and I’m quite happy with my life.

Read more at:
http://economictimes.indiatimes.com/articleshow/59196987.cms?utm_source=contentofinterest&utm_medium=text&utm_campaign=cppst
I have no interest in big chess challenges. Top-level chess, especially classical chess, requires concentration and dedication. I have a million other things in my life today, from young children to books and politics. It’s not compatible with professional chess and I’m quite happy with my life.

I have no interest in big chess challenges. Top-level chess, especially classical chess, requires concentration and dedication. I have a million other things in my life today, from young children to books and politics. It’s not compatible with professional chess and I’m quite happy with my life.*8

トップレベルのチェスで戦うために必要な集中・献身と他の分野での活動は両立できないとのこと。

 

少し残念な気はしますが、チェスファンとして5日間のお祭りを楽しみたいと思います!

 

*1:チェス選手の強さの物差し。2700+で超一流プレーヤー、2800を超えると世界一が見える

*2:正式な立候補は断念

*3:イングランド出身。攻撃的なプレーと毒舌で知られる。「近代チェスはポーン構造とかそういうことにうるさい。そんなの忘れな。チェックメイトがゲームを終えるんだ」という言葉を残している。

*4:チェスでは一般的に、勝ちに1ポイント、引き分けに0.5ポイント、負けに0ポイントが与えられる

*5:全米チェス協会で採用される持ち時間の形式。広く用いられているフィッシャー・モードでは指した後に持ち時間が増えるが、「ディレイ」では決められた時間の間持ち時間が減らず、"遅れて"持ち時間が減少し始める

*6:なお、この大会ではラピッドでは勝ち2ポイント引き分け1ポイント、ブリッツでは勝ち1ポイント引き分け0.5ポイントが与えられる。

*7:

Kasparov opens USA vs. World match in St. Louis | chess24.com

*8:

Garry Kasparov: Worry about people, not jobs: Garry Kasparov

Match of Millennialsについて

  7月26日から27日にかけて、Match of Millennialsと銘打ち2000年代生まれの若手上位プレーヤーを招待したイベントが開かれます。

1.概要

イベント名 Match of the Millennials – USA vs. The World
開催地 アメリカ・ミズーリ州セントルイス
形式 アメリカ選抜チームと世界選抜チームに分かれて行う団体戦
持ち時間 90分+1手30秒加算
公式サイト Match of the Millennials | www.uschesschamps.com

公式サイトでの棋譜中継
Watch Live! | www.uschesschamps.com

2.参加選手

U17アメリカ選抜

1.Jeffery Xiong

生年 2000
所属連盟 アメリカ
タイトル GM
FIDEレート(世界ランク) 2642(125位)

・2016年全米ジュニア選手権優勝
・2016年世界ジュニア選手権優勝
・U18世界ランク2位

2.Samuel Sevian

生年 2000
所属連盟 アメリカ
タイトル GM
FIDEレート(世界ランク) 2633(145位)

・アメリカ史上最年少でGMタイトル獲得
・2017年アメリカ大陸選手権優勝
・U18世界ランク3位

3.Ruifeng Li

生年 2001
所属連盟 アメリカ
タイトル GM
FIDEレート(世界ランク) 2568(361位)

・2011年世界ユースU10準優勝
・U16世界ランク2位

4.John Burke

生年 2001
所属連盟 アメリカ
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2479(977位)

・2015年に史上最年少のFIDEレーティング2600到達者となった*1

5.Nicolas Checa

生年 2001
所属連盟 アメリカ
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2415(1889位)

・2015年世界ユースU14第5位

U17世界選抜

1.Alexey Sarana

生年 2000
所属連盟 ロシア
タイトル GM
FIDEレート(世界ランク) 2510(696位)

・U18世界ランク17位
・2017年、ロシア上級リーグに出場し5.5/9、TPR2632*2を記録

2.Haik Martirosyan

生年 2000
所属連盟 アルメニア
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2544(462位)

・U18世界ランク12位
・2016年世界ユースU16優勝

3.Anton Smirnov

生年 2001
所属連盟 オーストラリア
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2495(834位)

・U16世界ランク2位
・チェス・オリンピアードの2014年トロムソ大会、2016年バクー大会にてオーストラリア代表

4.Aryan Chopra

生年 2001
所属連盟 インド
タイトル GM
FIDEレート(世界ランク) 2491(874位)

・U16世界ランク7位
・インド史上2番目の若さでGMタイトルを取得した

5.Andrey Esipenko

生年 2002
所属連盟 ロシア
タイトル FM
FIDEレート(世界ランク) 2523(874位)

・U16世界ランク3位
・2017年、ロシア上級リーグに出場し出場者中最年少ながら5.0/9、TPR2598を記録

U14アメリカ選抜

1.Awonder Liang

生年 2003
所属連盟 アメリカ
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2536(513位)

・U14世界ランク1位
・9歳の時、公式戦でGM勝利
・既にGM取得要件を満たしており、FIDE総会での承認待ち。
・2017年全米ジュニア選手権優勝

2.Andrew Hong

生年 2004
所属連盟 アメリカ
タイトル CM
FIDEレート(世界ランク) 2334(3861位)

・U14世界ランク20位

3.Carissa Yip

生年 2003
所属連盟 アメリカ
タイトル WFM
FIDEレート(世界ランク) 2261(6728位)

・U14女子世界ランク3位
・2015年、女子選手として最年少でUSCFのNMタイトルを獲得
・2016年、2017年全米女子選手権出場

4.Martha Samadashvili

生年 2004
所属連盟 アメリカ
タイトル WFM
FIDEレート(世界ランク) 2018(28695位)

・U14女子世界ランク25位

U14世界選抜

1.Nodirbek Abdusattorov

生年 2004
所属連盟 ウズベキタン
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2467(1103位)

・U14世界ランク4位
・2012年世界ユースU8優勝
・9歳の時、ある大会でGM2人に勝利

2.Rameshbabu Praggnanandhaa

生年 2005
所属連盟 インド
タイトル IM
FIDEレート(世界ランク) 2479(976位)

・史上最年少でIMタイトルを獲得。
・Ramco社の支援を受け、世界各地の大会を転戦
・2013年世界ユースU8優勝、2015年世界ユースU10優勝

3.Bibisara Assaubayeva

生年 2004
所属連盟 ロシア
タイトル WFM
FIDEレート(世界ランク) 2386(2558位)

・U14世界ランク7位、U14女子世界ランク1位

4.Nurgyul Salimova

生年 2003
所属連盟 ブルガリア
タイトル FM
FIDEレート(世界ランク) 2332(3930位)

・U14世界ランク23位、U14女子世界ランク2位


開会式の様子(22分30秒ごろから選手紹介)

*1:ただし、この記録はFIDEがレーティングの計算方法を改訂し、若手プレーヤーのレーティングを変動しやすくしたことによって達成されたという指摘もある。この改訂によって、1900台から3ヶ月で2500を突破するような極端なレーティング上昇も発生し、議論を呼んでいる。

*2:TPR=Tournament Performance Rating。特定の大会での成績がどの程度のレーティングに相当するかを示す。

凡人チェス・プレーヤーにとってのチェスAI/ソフト/コンピューター

  近年、将棋や囲碁などゲームをプレーする人工知能が大きな進歩を見せ、大きな注目を集めています。様々な完全情報ゲームにおいて、人工知能は人間のトッププレーヤーを上回る能力を示すようになりました。

  チェスにおいては1997年にIBM社の制作した「ディープ・ブルー」が当時世界最強のチェス・プレーヤーであったガルリ・カスパロフと6番勝負を戦い、2勝1敗3分で勝利しています。この1997年の6番勝負は一般的に「チェス競技で機械が人間を超えた瞬間」とされており、今年でその時から20年を迎えます。

  ある意味において、現代のチェスは「技術的特異点通過から20年後の世界」にいます。そこが一介のカジュアル・プレーヤーであり、ファンである自分にとってどんな場所なのか、書いていこうと思います。

 

1.現代のチェス・ソフトの強さ

  現代のチェス・ソフトは非常に強力です。現在、世界トップの座を争っているソフトの「ストックフィッシュ」と「コモド」は人間のグランドマスターとの間でハンデキャップをつけた番勝負を実施しています。チェス・ドットコムではハンデキャップマッチの戦績がまとめられています。fポーン落ちや持ち時間の制限、数手指した状態からの開始などハンデがありながら人間のプレーヤーに負けたのは1ゲームだけ、番勝負でも引き分けが二度あるだけです。

 

  また、ソフトの強さを計測して公開しているレーティング・リスト*1において、現代最強のソフトたちは過去のソフトを遥かに上回る数値を叩き出しています。世界トップクラスのグランドマスターたちが戦ってなんとか勝負になっていた2000年代中盤の主流ソフト*2レーティング・リストどの程度の位置にいるのか見れば現代のソフトがその当時から長足の進歩を遂げていることは明らかです。

  おそらく、最強の無料ソフトであるストックフィッシュの最新版であれば、私の使っている大してスペックの高くないデスクトップPC*3で動かしても人間界最強のプレーヤーたちと互角以上に戦えるはずです。

 

2.ネット対局の世界

  私が主にインターネットサイトを通じて対戦サイト上でチェスをしており、OTB*4 にはたまに参加する程度です。正式なレーティングを持つトーナメント・プレーヤーではありません。趣味として楽しくチェスができればそれで十分、というスタンスです。

  あるゲームで人工知能が人間のトップを上回ると、そのゲームへの関心が減少し、プレーヤーが減るとの観測もありますが、オンラインのチェスではどうでしょうか。

 

2-1.プレーヤーは山ほどいる

  私のレベル*5ならばウェブ上でチェスの対戦相手を見つけることには不自由しません。私が主に使っている対戦サイト、チェス・ドットコムでは対戦場に常時1万人以上がログインしており、人気のある持ち時間であれば自動マッチングで対戦が組まれるまで1分もかかりません。

  レーティングが上がってくると少しずつ実力に見合った対戦相手を見つけづらくなるという話も聞きますが、FIDE*6やUSCF*7の公式タイトル保有者で公式レーティング2000を上回るプレーヤーも日常的にインターネットの対戦サイトを利用しているので、2000未満のプレーヤーが対戦相手に困ることはまずないと思います。

 

2-2.ソフト指し

  何せ、ほぼ全ての人間をなぎ倒すソフトが無料で手に入る時代です。ソフトのいう通りに指せば、あらゆる人間に勝てます。ソフト指しは大きな問題とされており、各対戦サイトはそれぞれソフト指し対策を行っていますが、全地球からアクセスするプレーヤーの行動すべてを監視できない以上、完全にソフト指しを排除できているのかどうか、確認することはできません。

  かといって、ソフトを使わない人間同士の対局は成立しなくなる、ソフト指しへの疑念からネット対局場が過疎化する、ということもありません。先述したようにウェブ上でチェスの対戦相手を見つけるのは容易いですし、ソフト指しをしない私がごく普通に勝たせてもらえます。

  画面の向こうにいる人間が全くソフト指しをしていないのかを自分で把握することはできません。しかし、少なくともソフト指しをしていない私と同レベルの指し手しか返してこない相手が多数いることは間違いないのです。趣味としてチェスを楽しむ分には問題はなく、私個人として現状に不満はありません。

 

3.ソフト先生

  私は強すぎるソフトたちを専ら解析ツールとして利用します。「ストックフィッシュ先生」や「コモド先生」が私の師匠です。

  棋譜を解析にかければ、ソフト先生は評価値を使って数字で私のミスを指摘します。「この手は成立しないのか?」と盤面を動かせば、最善の応手で成立しないことを示してくれます。24時間365日、こちらの都合に合わせて呼び出しに応じてくれます。どんなくだらないことも躊躇いなく聞けます。ありがたい個人教師です。

 

  ただし、ソフト先生にも弱点があります。ソフト先生は言葉があまり達者ではありません。ソフト先生こんな言葉しか使えません。

1.11    25. Be3 f6 26. Rad1 Qc4 27. Qxc4+ Bxc4 28. Nf5 Nxf5
1.04    25. Qf3
0.85    25. f3 Bd7 26. Be3 Nb5 27. Qd2 Nd4 28. Qf2 Qg6
0.64    25. f4 f6 26. fxe5 fxe5 27. Be3 Be8 28. Re2 Kh7

評価値の数字と、具体的なバリエーションですね。ソフト先生の言葉を解釈する作業は自分自身で行うしかありません。

  ソフト先生は減点法で指し手のミスの指摘はしっかりやってくれますが、手が広い局面でのプランの立て方や人間の脳の力で正しい手を見つける方法をアドバイスしてくれることはありません。評価値がポーン100分の1個分しか違わないバリエーションを複数並べられたり、「そんなもん、(自力で)読めるか!」という(私の目から見れば)非常に複雑なバリエーションを最善として示されたりすることはよくあります。

  この弱点こそ、今もなお人間の書いた棋書や人間のチェス指導者が必要とされる理由の一つなのでしょうね。

 

4.絶対にソフト勝てないのに、チェスをする理由

  ソフトの話をする前に、人間の話をしたほうが良いでしょう。

  世に数億人いるとも言われるチェス・プレーヤーの大多数はグランドマスターにはなれません。チェス・プレーヤーの大多数はオープニング理論の進歩、ミドルゲームでの新概念設定など「盤上の真理」の解明に貢献しません。チェス・プレーヤーの大多数はチェスで金を稼ぐこともありません。私もこの大多数の1人です。

  それでも、チェス・プレーヤーたちはチェス・プレーヤーであり続けてきました。彼らは(私は)何のためにチェスをしてきたのでしょうか?

  それはおそらく、単純にチェスというゲームを楽しむためです。

 

  いくら人工知能が強くなっても、「大多数」がチェスに向かう理由は変わらないはずです。上のほうで少々人間のトップ選手と人工知能の力関係が変わっただけです。

  これまでもこれからも、チェス・プレーヤーたちはチェスを楽しむためにチェスをするだけです!

*1:CCRLSSDFIPON

*2:ディープ・フリッツ10など

*3:CPUはCore i3です。

*4:Over the Boardの略。物理的な盤駒を使って現実世界で行うチェスのこと。

*5:チェス・ドットコムのブリッツ総合ランキングでは私より上に十数万人います。

*6:国際チェス連盟

*7:全米チェス連盟

Chess.comライブ・チェスのマナー?

  私は普段Chess.com(チェスコム)と いうサイトを利用してインターネットでチェスをしています。これからチェスコムにデビューする方向けに、チェスコムで世界の見知らぬプレーヤーと対戦する際にどう振舞えばいいのか大雑把な指針を示せれば良いかなあと思い、このエントリを書いてみました。

 

1.開始前の挨拶

  挨拶する場合でも互いに"hi"と言い合う程度でOK。私は無言でゲームに入ることのほうが多いぐらいです。

2.終了後の挨拶と感想戦

  私の経験上、感想戦は成立しないことのほうが多いです。話しかける間もなく立ち去ってしまう人が大多数で、話しかけても無視されることがしばしば。

  大抵のゲームでは無言で別れるか"gg"と挨拶をして別れることになります。"gg"は"good game"の略です。"gg"と言われたら"gg"と返答しておけば問題ないです。

 

3.チャット全般

  チェスコムには色んな国のプレーヤーがいますが、英語を使えば大体通じます。多少ブロークンでもなんとかなります。余裕があれば会話をしてみるのも一興です。*1

  時々「お前アホすぎワロタwwwwwww」などと煽ってくる人もいますし、引き分けに持ち込もうとすると「卑怯者!」と怒り出す人もいますが、あんまり酷い場合はブロック機能を使ってブロックしてしまえば対戦を組まれなくなります。

  

  ここまでチャット関係を見てきましたが、暴言が鬱陶しい場合はチャット機能を切ってしまうのも一つの手です。

4.再戦要求

  決着がついた後、対戦相手が再戦(rematch)を要求してくることがあります。これは断ってしまっても特に問題にはなりません。たまにメッセージ機能を使って「逃げやがったな!」「臆病者め!」など文句を言われることもありますが、気にする必要はありません。

  こちらから再戦を求めることもできますが、受けるか断るかはもちろん相手の自由です。

 

5.対戦中止、故意切断

  まず対戦中止(abort)について。チェスコムでは初手を指す前なら自動マッチングで対戦が組まれた後でも「abort」をクリックあるいはタップすることで対戦を中止できます。対戦そのものがなかったことになり、レート戦でもレーティングは上下しません。

  しかし、「黒で指したくない」などの理由で頻繁に対戦を中止しているとフェアプレー・ポリシー違反として報告され、対戦中止機能が利用できなくなります。

 

  不利になったプレーヤーが接続を切って戻って来ないこともよくありますが、これもフェアプレー・ポリシー違反として報告されます。

  チェスコムでは、接続が切れて一定時間が経過すると持ち時間を使い切っていなくても自動的に切断した側の負けになります。相手が接続を切って戻って来ない時は1分程度で勝ちになるので、それまで待ちましょう。

 

6.ドロー・オファー

  プレーヤーはドロー・オファー(引き分けの提案)を出す権利を持ちますが、タイミングによっては相手の技量を低く見るメッセージとみなされることもあるそうです。といっても、チェスコムのライブチェス程度なら軽い遊びですし、神経質になる必要もないかと思います。

  • 明らかな敗勢*2でのドロー・オファー
  • 相手が何度も拒否している中での執拗なドロー・オファー連打

この2種類さえ避けるようにすれば特にいざこざは起きないはずです!*3面倒なら合意によらずに引き分けになる局面まで指し切ってしまうのがいいでしょう。

 

  一方、自分が「無礼なドロー・オファー」を受ける側になった場合はどうすればいいのでしょうか?チェスコムでは提案を受けずに自分の手番で指し手を送信すれば自動的にドロー・オファーを拒否したことになりますので、無視してゲームを続けるだけでOKです。

 

7.フラッギング(時間切れ狙い)

  盤上の形勢と無関係に対戦相手を時間切れに追い込んでゲームに勝つ行為を「フラッギング」と言います。アナログ式のチェスクロックで時間切れになる際に「旗(=flag)が落ちる」ことに由来します。

  フラッギングの是非は人によって意見の分かれるところです。持ち時間が決まっている以上、時間切れを狙うのも立派な戦術だという考え方の人もいれば、ただ素早く駒を動かして時間切れだけを目的にプレーするのはチェス本来の楽しみ方とは程遠いし、礼儀をわきまえた行いとは言えないという考えの人もいます。

  私からは「各々の信条に従ってください」と言うしかないですね……。*4

 

  フラッギングによる負けを避けたい場合は、最初に与えられた持ち時間がなくなったらおしまいのいわゆる「切れ負け」方式ではなく、一手ごとに一定の持ち時間が加算される「フィッシャー・モード」方式で指すようにすればいいでしょう。一手2秒あるだけでも全然違いますよ! 

 

8.ソフト指し

  ソフトに頼るの、ダメ、ゼッタイ。

チェスソフトを使って局面を解析しながら対局する行為、「ソフト指し」は厳禁です。チェスコムの場合、ソフト指しと認定されると規約違反でアカウントを停止されます。

 

 

  本エントリを読んだ方々が楽しいインターネット・チェス生活を楽しまれますように。

*1:会話をする場合、日本人とわかると「日本のどこ住み?」と聞かれることが多いですね。マンガ、アニメの話も振られたことがあります。

*2:相手がキングとクイーンを持っていて自分がキングのみの場合など

*3:実のところここはちょっと自信がない……

*4:私はどちらかというと時間切れに追い込まれることのほうが多いのですが、フラッギング肯定派です。

2016年チェス世界選手権開催中!

  世界選手権が始まる前にアップロードしたかったのですが、もう3分の1終わっちゃってますね……。非チェス勢の方々向けに、少し世界選手権の紹介をしてみようかと思います。

 

1.「世界選手権」とは?

  国際チェス連盟(FIDE)が公認する「チェス世界チャンピオン」の称号をかけて現役世界チャンピオンであるマグヌス・カールセンと候補者大会(Candidates Tournament)を勝ち抜いた挑戦者のセルゲイ・カリャーキンが12ゲームの番勝負を行います。1ゲームあたり、勝利に1ポイント、引き分けに0.5ポイント、敗北に0ポイントが与えられ、先に6.5ポイントを獲得して勝ち越しを決めた側がタイトルマッチの勝者となります。12ゲームを終えて同点の場合、早指しによるタイブレーク・ゲームが行われます。

  チェスにおいて何らかの称号をかけて実施するタイトルマッチは世界選手権のみで、開催は2年に1度。*1毎年7回のタイトル戦を行う将棋の世界に比べると少し寂しい気もしますが、その分世界選手権の価値は非常に高く、数多のチェス選手の中から挑戦者になるだけでも大変な名誉とされます。

 

2.出場選手

 マグヌス・カールセン(現世界チャンピオン)

  • 1990年11月30日生まれの25歳。ノルウェー出身。
  • 2016年11月期世界ランキング1位。レーティング*22853。
  • レーティングの史上最高記録*3を保持。誰もが認める現代チェス界最強の男。
  • 13歳4ヶ月27日でグランドマスターGM)の称号を獲得。*4
  • 10代の半ばからヨーロッパ各地のチェス大会を転戦する生活を始める。
  • 2013年、22歳で世界チャンピオンを獲得、翌2014年のタイトルマッチで防衛に成功。2016年は2度目の防衛戦。
  • 他のトップ選手に比べるとコンピューターを使った序盤研究に重きを置かないといわれている。
  • 対局中のドリンクは決まってオレンジジュース……だったがやめたらしい。今年開かれたチェス・オリンピアード*5でも水だった。
  • 肉体的なトレーニングも欠かさない。頭脳スポーツの選手としては中々いい体をしている。

 

 セルゲイ・カリャーキン(挑戦者)

  • 1990年1月12日生まれの26歳。出身はウクライナ(当時)のシンフェロポリで、かつてはウクライナの選手として活動していたが、現在はロシア籍。
  • シンフェロポリ出身=最近ロシアに併合されたクリミア半島の出身。籍を変えたのは2009年なのでクリミア併合とは無関係。
  • 2016年11月期世界ランキング9位。レーティング2772。
  • 12歳7ヶ月でGMの称号を獲得。これは今も破られていない史上最年少記録。
  • GM獲得の翌年の2004年にGMとコンピューターが団体戦を行う電王戦のようなイベントに参加し、コンピューターに一度勝っている。*6
  • その後も順調に成長を続け、2008年に一流GMの証とされるレーティング2700を突破。
  • 2014年に候補者大会に初参加した際は2位で惜しくも挑戦権獲得を逃す。2度目の参加となる今年3月の候補者大会で優勝し、初めて挑戦者となる。
  • カールセンの地元ノルウェーで開催されるノルウェー・チェスというスーパー・トーナメント*7で2013年、2014年とカールセンを上回って連覇。ノルウェーとは相性がいいのか?

 

3.会場

 決戦の地はニューヨークのマンハッタン。かつての魚市場をリノベーションした商業施設(?)フルトン・マーケット・ビルディングで全試合を行います。その昔の世界選手権では途中で開催地を移すこともあったそうですが、近年は単一会場での実施が主流です。

 

4.勝つのはどちら?

  ここまでの早指しを除いた直接対決の成績はカールセン側から見て4勝1敗16引き分け。レーティングでもカールセンが大きく上回っており、ファンの間でも専門家の間でも「カールセン持ち」が多数派です。

  

  有名サイトの専門家の見解まとめ記事を2本紹介しておきます。

www.chess.com

en.chessbase.com

  あのカスパロフも「カールセン持ち」ですね。

 

5.途中経過

  全日程の3分の1、4試合を消化した時点で4引き分け、2対2のタイです。様子見のような第1、2戦でしたが、第3、4戦ではカールセンが優勢となり、カリャーキンを追いつめました。

  カリャーキン側から見ると、2戦続けてなんとか引き分けまで辿り着いてタイの状態を保つことに成功したと言えるでしょう。追いつめながら勝ちを逃したカールセンは何を思い、これからどんなプレーを見せるのか。今後の展開からも目が離せません!

 

  なお、試合開始は全ゲーム日本時間午前4時です。

  睡眠は大事です……。

*1:近年は概ね2年に1回ペースが維持されていますが、過去には間隔が大きく開いたり、2人のチャンピオンが分立する時期があったりもするなど紆余曲折がありました。

*2:チェス選手の強さを示す指標。詳しくは「Eloレーティング」でググろう。観戦するときはスカウターに表示される“戦闘力”のようなものだと思っておけばいいと思います。

*3:2014年5月期に2882を記録

*4:多分将棋の中学生プロ棋士のようなものです

*5:2年に1回開かれる国別対抗の団体戦。ロシアやアメリカ、インドなどの強豪国からレーティングを持たないプレーヤーばかりの弱小国まであらゆる国・地域から代表が派遣される。

*6:藤井総太新四段が電王戦に参加したようなものですね。

*7:将棋ならA級や王将戦リーグ、竜王戦一組に相当する超ハイレベルな試合だと思われます。