【2020年チェス世界選手権サイクル】2019 FIDE Grand Prix Series 大会形式&参加者発表

  世界王者Magnus Carlsenへの挑戦者を決めるCandidates Tournamentの出場権を争う年間大会、FIDE Grand Prix Seies(FIDE GP)の開催要項と参加者が発表されました。

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詳細を見ていきましょう!

 

1.大会形式と賞金

1-1.通年シリーズ

  FIDE Grand Prix Seriesは年間にいくつかの大会を戦って総合順位を決定する、通年シリーズです。2019年シリーズでは、年間4つの大会が開かれます。各選手は、4大会中3大会に参加します。各大会の成績に応じてポイントが与えられ、ポイントを合計して総合順位が決定されます。

  早い話、フィギュアスケートのグランプリ・シリーズみたいなものですね。

  チェスでは年間総合順位の上位2人に、挑戦者決定戦であるCandidates Tournamentへの出場権が与えられます。Grand Prix Seriesは、世界王者へと通じる道なのです。

 

1-2.個別大会の形式

  各大会は、参加者16人によるシングル・エリミネーションノックアウト方式(勝ち抜き戦)で実施されます。各ラウンドごとの形式はまだ発表されていませんが、おそらくチェスのノックアウト方式で一般的に採用されている、徐々に持ち時間を短縮していくミニ・マッチ形式*1が採用されるものと思われます。

  過去に4回開催されたFIDE GPでは、12人による総当たり、あるいは18人によるスイス式が採用されていましたが、2019年シリーズでは早期の引き分け合意が多いことが問題視されていました。*2ノックアウト方式の採用は新たな試みで、決着を付けに行く激しい戦いの増加が期待されます。

 1-3.ポイントと賞典

各大会で与えられる賞金、シリーズポイントは以下の通りです。

成績 賞金(単位:ユーロ) ポイント
1回戦敗退 5,000 0
2回戦敗退 8,000 1
準決勝敗退 10,000 3
準優勝 14,000 5
優勝 24,000 8
(賞金総額) 130,000  

 

シリーズ総合成績に大して与えられる賞金は以下の通りです。

成績 賞金(単位:ユーロ)
10位 10,000
9位 10,000
8位 15,000
7位 20,000
6位 25,000
5位 30,000
4位 35,000
3位 40,000
2位 45,000
1位 50,000
(賞金総額) 280,000

 

 2.参加者

 

2-1.参加者リスト

  1月25日、FIDEは2019年FIDE GPの参加資格保有者リストを公開しました。

www.fide.com  この中から、FIDEのオファーを受けたプレーヤーに加え、主催者推薦を得たプレーヤー(ワイルドカード)がFIDE GPに参加します。大会別の参加者は次の通りです。

 

選手名 レーティング*3 モスクワ リガ ハンブルグ テルアビブ 備考
Mamedyarov 2812,17   アゼルバイジャン1位
Vachier-Lagrave 2783,83   フランス1位
Giri 2779,75   オランダ1位
Wesley So 2778,92    
Aronian 2773,08   アルメニア1位
Grischuk 2767,92    
Nakamura 2767,83   2018年Grand Chess Tour総合優勝
Karjakin 2766,08   2016年世界選手権マッチ挑戦者
Yu Yangyi 2761,42    
Nepomniachtchi 2758    
Svidler 2751,75    
Radjabov 2751,75    
Topalov 2744,58   元FIDE世界ランク1位
Jakovenko 2739,75    
Navara 2737,5   チェコ1位
Wojtaszek 2734,5    
Wei Yi 2733,92   ジュニア(20歳以下)世界1位
Duda 2733   ポーランド1位
Harikrishna 2732,92    
Vitiugov 2726,92    
Dubov 2703*4  

2018年世界ラピッド優勝

Wojtaszek以下は辞退者が出た後に繰り上がった選手です。また、Dubovはワイルドカードで参加が決まりました。

この他、イスラエルで開催される第4戦テルアビブのみ現地主催者の推薦枠があります。この枠の参加者は未定です。

 

2-2.招待を断ったプレーヤー

  Carlsen、Caruana、Ding Liren、Kramnik、Anandの5人がFIDEからの参加オファーを断りました。

  現役世界王者CarlsenとCanddates出場枠確保済みのCaruanaに関しては、Candidates出場権を取りに行く必要がないのでGPに参加しないのは自然なことです。Kramnikは既に引退を発表しているので、こちらもオファーを断ったのは当然の判断。

  Ding LirenとAnandに関しては理由がよくわからないですね。そろそろ50歳になるAnandは体力面を考慮したということなのかもしれませんが、Ding Lirenは年齢的にも指し盛り。断り理由はないように思えます。中国での大会と日程調整がうまくいかなかったのでしょうか……。 

*1:例:長時間x2戦、決着が付かない場合30分+一手10秒x2戦、以下同様に10分+一手5秒x2戦、3分+一手2秒x2戦。先後の数を揃えるため、チェスで一対一のマッチを開く場合必ず偶数回対局する。これでも決着が付かない場合、「アルマゲドン」と呼ばれる特殊な形式の早指し一戦だけを行って勝者を決める

*2:2017年シリーズに参加したGM Jon Ludvug Hammerのブログより。Hammerはドローオファーの廃止を提言している。

https://www.chess.com/blog/SultanOfKings/an-insider-s-view-on-the-fide-grand-prix

*3:FIDEの発表に記載された数値

*4:2019年3月期の数値

【一大会最多敗戦記録】一つのチェス大会で31敗した男、Nicholas Macleodの話 

  公式に行われた*1一つのチェス大会における最多敗戦記録は、1889年の第6回アメリカ・チェス・コングレスでNicholas Macleodが記録した「31敗」だと言われています。第6回アメリカ・チェス・コングレスについては棋譜をまとめた本が出版されており、現在ではGoogle Booksで全文を読むことが出来ます。

books.google.co.jp  この中に、大会の勝敗表も掲載されています。大会では20人のプレーヤーが2回戦総当たりで1人あたり38戦を戦いました。

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赤で囲ったのがMacleodの戦績です。負けは「0」、引き分けは「½」、勝ちは「1」で示されます。「0」の数を数えると、Macleodは確かに31敗しています。38戦で6勝31敗1引き分け、負け越しは実に25です。

 

さて、31敗を喫したMacleodはどのような人物だったのでしょうか。

 

1.カナダの若き強豪

  Nicholas Macleodは1870年にカナダのケベック州で生まれました。*2

Macleodは10代の頃から優秀なチェスプレーヤーとして知られていたようです。1885年の地元紙には、15歳のMacleodがケベック・チェスクラブの大会で優勝したことが報じられています。*3

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  1886年1888年にはカナダ・チェス協会が開いた全国大会でも優勝しました。*4

こちらは1888年の全国大会でプレーオフに進んだことを伝える記事です。*5

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18歳にして二度のカナダ王者に輝いた俊英、それがMacleodだったのです。

 

2.第6回アメリカ・チェス・コングレス

  そして二度目のカナダ王者になった翌年の1889年、Macleodはニューヨークで開かれた第6回アメリカ・チェス・コングレスに参加することになるのです。改めて、成績表を見てましょう。

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  実は、この第6回アメリカ・チェス・コングレスは当時の世界トップクラスの強豪が顔をそろえたハイレベルな大会でした。

  1位のTchigorin*6は定跡「Chigorin Defence」に名を残すロシアのプレーヤーで、同じ1889年にチェスの初代公認世界王者Wilhelm Stenitzと世界王者の称号をかけたタイトルマッチを戦っています。3位Gunsbergも後年Stenitzとタイトルマッチを戦ったプレーヤーです。4位に入っているイングランドBlackburneはその攻撃的なプレーから「黒き死」の異名を取った名手でした。そのほか、のちに全米王者となるShowalter、定跡「Bird Opening」にその名を残すBirdら参加者は何れも猛者ばかり。

  現代のように情報の流通も人の移動も活発ではなかった19世紀の話です。若きカナダ王者にとっては、初めて直面する異次元の世界だったことでしょう。

  また、この大会では特別なルールが用いられていました。2回戦総当たりの2巡目では、「引き分け」となった場合、1回だけ「指し直し」のゲームが行われたのです。強豪相手に引き分けに持ち込んでも、指し直しでもう一度戦わなければなりません。世界の頂点に近いプレーヤーに挑戦する立場だったMacleodにとっては厳しい条件です。

 

  1889年3月26日のニューヨーク・タイムズでは、Macleodは次のように評されています。当時のフランス王者、Tauhenhausに敗れた翌日の記事です。*7

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  「直感的なプレーヤーで書物に載った世界王者*8たちのゲームから学んでいない」「早い段階で駒を交換し始め、非常に素早く指す」とされています。直感を頼りに時間を使わず指し進め、あっさり負けてしまう若者。記事の執筆者にはそう映ったようです。

 

  この後も苦戦が続きますが、Macleodは苦しみながらも幾つかの勝利をものにしています。

  その勝利の一つは、Blackburneから得たものでした。BlackburneはMacleodに対し、序盤でポーンを二つ捨てる攻撃的定跡「ダニッシュ・ギャンビット」を採用。「格下」を攻め潰してしまおう、という意図だったようです。Blackburneは強く、Macleodの自陣は崩壊寸前まで追い込まれますが、辛くも生き延びます。最後には、Macleodが駒得を生かして勝ちの終盤に持ち込みました。Steinitzがまとめた大会の棋譜集では、このゲームの棋譜にこんな注釈がつけられています。

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  「本調子ではないとき」という但し書きがついてはいますが、ゲーム後半のMacleodは自身が第一級のマスターにとって危険な対戦相手であることを証明した、と評されています。

 

  Macleodもカナダを代表するプレーヤーとして才気の片鱗は示したものの、力の差は否めませんでした。最終的に「6勝31敗1引き分け」という成績が記録され、後世に残っていくのです。

 

3.その後のMacleod

  Macleodはカナダに戻ってチェスを続けました。

  1892年、ケベック州に後の世界王者Emmanuel Laskerが来訪し、多面指しイベントを行いました。この多面指しに参加したMacleodは、参加中唯一の勝ちを記録しています。地元紙では、Macleodの勝利が棋譜付きで伝えられました。*9

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  1896年、Macleodはアメリカのミネソタ州に移り住みます。*10

  ミネソタ時代のMacleodは、1901年にWesetern Chess Associationが主催した大会で優勝を飾っています。この大会は現在も続いているアメリカの権威ある大会「US Open」の前身となる大会でした。

  Macleodの優勝を報じる地元紙の記事です。*11

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  Macleodは1903年ワシントン州スポケーンに移住します。*12

スポケーン・チェスクラブのウェブサイトによれば、Macleodは1910年と1911年に電信対局でスポーケン・チェスクラブの1番ボード*13を務めたそうです。*14

  1965年、Macleodはスポケーンにて死去しています。*15

 

 4.「31敗した大会」の位置づけ

  Macleodのチェス人生を見ていくと、31敗を喫した第6回アメリカ・チェス・コングレスはMacleodの競技者人生の中で最大の晴れ舞台であったように思えます。現代で言えば、Tata Steel ChessやGRENKE Chess Classicのような世界のトップ選手が集まる「スーパー・トーナメント」に参加したようなものです。*16

  ミネソタ時代に大会で優勝したMacleodを紹介する記事は、こんな具合です。*17

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  カナダを代表して国際大会に出場して有名なマスターたちと戦い、イングランド王者Blackburneに勝ったことが記されています。*18記者はMacleodの経歴を語るにあたって、チェス・コングレスを達成の一つとして扱っています。

  残念ながら、チェス・コングレスについて語ったMacleod本人の言葉をみつけることはできなかったのですが、彼にとっても、チェス・コングレスは31敗した「屈辱」の記憶というよりも世界の偉大なマスターたちと競い合った「栄光」の記憶だったのではないでしょうか。

 

補:記録更新の可能性

  以下の二点の理由により、FIDEのレギュレーションで「Standard」に分類される長時間の試合を行う公式大会で「31敗」の記録が更新される可能性は低いのではなかと考えます。

a.大会の短縮

  31敗するには、まず31回試合をしなければなりません。第6回アメリカ・チェス・コングレスは20人のプレーヤーが2回戦総当たり合計38試合+指し直し局を戦いましたが、このような持ち時間の長い試合を多数戦う大規模大会は姿を消していきます。

  1953年にスイスのチューリヒで開かれたCandidate Tournament(挑戦者決定大会)が2回戦総当たり28ラウンド、その後の「インターゾーナル」と呼ばれる世界各地の上位者を集めて行う大会でも20ラウンド程度です。

  現代では、世界王者への挑戦者を決めるCandidates Tournamentですら2回戦総当たり14ラウンド、多くの大会は世界最高レベルの大会であっても多くて10ラウンド強です。長期間戦うクラブチームの対抗戦でも、私の知る範囲では30ラウンドに達する大会はありません。

  1局10分で済ませられるブリッツならともかく、片方のプレーヤーに最低90分+1手30秒加算を求められる「Standard」の公式戦で31戦以上を戦う大会は今後も復活しない可能性が高いように思います。

 

b.チェスの進化と引き分けの増加

  19世紀は「ロマンティック・チェス」と呼ばれる華やかなプレースタイルが全盛を迎えていました。駒の活動性を重視し、捨て駒を厭わずチェックメイトを目指して攻め倒す、そんなプレーが中心だったのです。自然、現代に比べて引き分けが少なく、勝ちか負けか決着が付くゲームが多くなります。

  Macleodがカナダで頭角を現した19世紀後半は、Steinitzが「ポジショナル・プレー」を提唱し「近代チェス」「科学的チェス」が始まったとされる時代です。派手な一撃ばかり狙うのではなく、一手ずつじっくりと駒の配置を調整し、自陣の弱点を消していく、そんなプレーが取り入れられるようになります。

  第6回アメリカ・チェス・コングレスの時点では、BlackburneやPollockらトッププレーヤーの中にも「ロマンティック・チェス」の気風を残したスタイルで戦うプレーヤーがいました。過渡期だったのですね。

  Steinitzの考えの優秀さは広く認められ、Steinitzを起点としてチェス理論が発達していきます。「ロマンティック・チェス」の時代に比べて無謀な捨て駒は減り、膠着状態になるゲームや、チェックメイトにならないまま駒が減った終盤を迎えるゲームが増えていきました。終盤の研究も進み、劣勢から「引き分けに持ち込む技術」も進歩しました。

  現代のトップレベルでは、半数以上が引き分けという大会も多くあります。

  プレーヤーのレベルによりますが、Macleodの時代に比べれば現代は引き分けるための技術が向上しているため、「31敗」のためのハードルは上がっていると言えるでしょう。

 

  ……技術の低いプレーヤーを集めて、記録更新のために公式戦を設定すれば記録更新は実現されるでしょうが、わざわざ31試合もの公式戦を行う時間、費用的コストを支払って酔狂な記録を作ろうとする人もいないと思います。*19

*1:実は19世紀には「公式戦」を認定する統括団体がなく、競技として体裁を整えて行う"serious game"(=のちの公式戦に相当)か"casual game"(=非公式戦に相当)かの区別は資料を見て後付けで行うしかない。第6回アメリカ・チェス・コングレスは記録の残り具合がよく、競技規則や参加者のレベルなどから判断して"serious game"として扱われている

*2:

http://chess.ca/node/262

*3:

http://collections.banq.qc.ca/retrieve/13483106#page=3

*4:

http://chess.ca/node/262

*5:

http://collections.banq.qc.ca/retrieve/13485776#page=4

*6:ロシア出身のため、本名はキリル文字。現代ではMikhail Chigorinとラテン文字転記されることが多い

*7:

https://archive.org/details/NYTimes-Mar-Apr-1889/page/n241

*8:当時「公認」の世界王者は歴史上Stenitzただ一人だったため、「世界の強豪たち」程度の意味と思われる。

*9:

http://collections.banq.qc.ca/retrieve/13533936#page=4

*10:

http://chess.ca/node/262

*11:

https://chroniclingamerica.loc.gov/lccn/sn83045366/1901-08-19/ed-1/seq-9.pdf

*12:

http://chess.ca/node/262

*13:チェスで団体戦を行う際は、チーム内で「ボード順」を決める。1番ボードにはチーム最強のプレーヤーが配されることが多い。

*14:

https://spokanechessclub.org/club-info/history/

*15:

http://chess.ca/node/262

*16:「スーパー・トーナメント」についてはこちらの記事をどうぞ。

チェスの「プロ棋士」その3 チェスのプロが参加する棋戦の仕組み - dame_chess’s blog

*17:https://chroniclingamerica.loc.gov/lccn/sn83045366/1901-08-19/ed-1/seq-9.pdf

*18:Sternitzとは戦っていないのでこの部分は記者のミス

*19:無気力試合を31回やるという手もなくはないんですが、そうして作った記録に価値があるかというと……

【2020年チェス世界選手権サイクル】2020 Candidates Tourament出場枠配分決定

  2月18日、FIDEは2020年に開催される、世界王者Magnus Carlsenへの挑戦者を決める大会「CandidatesTournament」の出場枠配分を発表しました。

www.fide.com

  では、8つの出場枠を一つ一つ見ていきましょう。

 

A.2018年世界選手権タイトルマッチ敗者(1枠)

  この枠は前回のタイトルマッチでCarlsenに敗れたGM Fabiano Caruanaに与えられます。

 

B.2019年FIDE World Cup成績優秀者(2枠)

  World Cupは、レーティング上位のプレーヤーと各大陸、ゾーン(地域)選手権を勝ち抜いたプレーヤー合計128人によるノックアウト式(勝ち抜き戦)の大会です。テニスのグランドスラムと同じ形式、参加人数です。この大会で決勝まで勝ち進むと、Candidates出場枠が与えられます。

  ただし、現役世界王者Carlsenと出場枠確保済みのCaruanaが決勝に勝ち残った場合、次点のプレーヤーに出場枠が与えられます。

 

C.2019年FIDE Grand Swiss成績優秀者(1枠)

  新設されるスイス式大会、FIDE Grand Swissの優勝者に1枠が与えられます。大会の詳細はこちらの記事でどうぞ。

dame-chess.hatenablog.com  世界王者Carlsen、あるいは上記A、Bの項目で既に出場権を確保しているプレーヤーが上位に入った場合、次点のプレーヤーが繰り上がって出場枠を獲得します。

 

D.2019年FIDE Grand Prix Series(2枠)

  FIDE Grand Prixとは、FIDEが世界のトップ選手を招待して開催する一連の大会です。

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  全4大会が開かれます。各大会は16人の選手が参加するノックアウト式で行われ、順位に応じてポイントが与えられます。Grand Prix Seriesの全4大会が終了した時点でのポイントを合計し、シリーズ総合順位を決めます。

  シリーズ総合順位の上位2人に、出場枠が与えられます。上位2人に上記のA、B、Cのいずれかのルートで出場枠を獲得しているプレーヤーが含まれる場合、次点のプレーヤーが繰り上がります。

 

E.平均レーティング(1枠)

  2019年2月期から2020年1月期の間に発表された、各プレーヤーのFIDE公式レーティングの平均値を計算し、最も平均値の高かったプレーヤーに出場枠が与えられます。

  該当するプレーヤーが現役世界王者Carlsenか、AからDのいずれかのルートで出場権を確保している場合、次点のプレーヤーが繰り上がります。

  前回2018年の世界選手権サイクルではこの平均レートの枠が2枠だったのですが、今回のサイクルではGrand Swissに1枠が与えられたため、1枠に減っています。

 

F.CandidatesTournament主催者推薦(1枠)

  ワイルドカードです。主催者推薦といっても誰でも選んでよいというわけではなく、以下の条件を一つ以上満たす必要があります。

1.Eの平均レートで上位10人以内

2.World Cupで出場枠を取れなかったプレーヤーのうち最上位(繰り上げがあった場合、4位以上)

3.Grand Swissで出場枠を取れなかったプレーヤーの最上位

4.FIDE Grand Prix Seriesで出場枠を取れなかったプレーヤーの最上位

  前回2018年サイクルのワイルドカード条件は「2017年のいずれかの時点で一度でもレート2725以上を記録している全てのプレーヤー」でした。前回に比べ、厳しい条件になっていると言えるでしょう。

 

チェスプレーヤーとして最高の称号である「世界王者」を目指し、世界中のプレーヤーが競争します。ファンとしては、丸一年をかけた激しい戦いを存分に楽しみたいところです。

【2020年チェス世界選手権サイクル】 新大会「FIDE Grand Swiss」開催決定

  2018年チェス世界選手権タイトルマッチは現王者Magnus Carlsenが防衛に成功。1年半にわたって続いた世界王者決定のための一連のプロセス(サイクル)もフィナーレを迎えました。

  今年に入って、2020年に開催される世界選手権タイトルマッチの出場者を決めるための新たなサイクルについて次々と発表が行われています。

  中でも、最も大きな発表が2020年のサイクルから導入される新大会「FIDE Grand Swiss」の開催です。

 

1.大会概要

  1月10日、FIDEは公式サイトで「FIDE Grand Swiss」の開催を発表しました。

www.fide.com  大会優勝者には、2020年開催Candidates Tournament(挑戦者決定戦)出場権が与えられます。

 

1-1.大会方式

  「FIDE Grand Swiss」はその名が示す通り、スイス式で実施されます。オープン制ではなく、FIDEから招待されたプレーヤーだけが参加できるクローズドの大会です。参加者総数は150人超に設定されています。ラウンド数は11です。

  前回の2018年サイクルでは、FIDE GPシリーズの中で十数人規模の、総当たりに近いスイス式大会が実施されていました。Grand Swissのような大規模のスイス式大会一発勝負でCandidates出場者を決めるのは、新しい試みです。

 

1-2.参加資格

  現在発表されている「FIDE Grand Swiss」の参加資格は次の通りです。

a.2018年7月期から2019年6月期の間12か月間のFIDEレート平均上位

  レーティング上位100人が選抜されます。

  辞退者が出た場合は下位者が繰り上がります。

  FIDEが関係しない独自のスイス式大会の場合、レート2700超の「超一流」のGMの参加は多くて10人から20人程度です。Candidates出場権のかかった貴重な大会ですし、30人超の2700GM参加を期待したいところです。

b.年代別大会優勝者

  2019年6月時点で、最新の

・世界ジュニア(20歳以下)選手権優勝者

・世界シニア選手権50歳以上の部優勝者

・世界シニア選手権65歳以上の部優勝者

が招待されます。128人規模のノックアウト方式大会World Cupと異なり、シニア枠が設定されているのは面白いですね。

c.女子世界王者

  2019年6月時点での女子世界王者が出場枠を与えられます。今年は女性世界選手権タイトルマッチの開催も予定されていますが、挑戦者を決めるのが5月ですので、おそらくタイトルマッチの実施は7月以降になるでしょう。

  故に現時点での女子世界王者、GM 周文居(Ju Wenjun)の出場枠確保がほぼ確定しています。

d.ACPツアー上位者

  普段は殆ど存在を忘れられているプロチェス協会(ACP)のツアー*1ポイント上位者が選抜されます。

e.地域代表*2

  aからdの条件で出場資格を得ていないプレーヤーの中から、2019年の各大陸選手権の成績優秀者が招待されます。枠の割り当ては次の通りです。

・欧州15人

・アジア3人

南北アメリカ3人

・アフリカ1人

f.FIDE会長推薦

  いわゆるワイルドカードですね。3人分が会長推薦枠として確保されます。

g.大会運営者推薦*3

  残りの枠が運営者推薦枠です。女性のトッププレーヤーや、若手有望株の正体に使われるそうです。

 

1-3.賞金

  賞金総額400,000米ドル優勝賞金70,000米ドルとなっています。2位以下の含めた賞金は以下の通りです。

順位 賞金(米ドル)
1 70,000
2 50,000
3 40,000
4 35,000
5 30,000
6 25,000
7 20,000
8 16,000
9 13,000
10 11,000
11-15 各8,000
16-20 各5,000
21-25 各3,000
26-30 各2,000

   優勝賞金も十分に高額ですが、目を引くのは2位以下にも高額賞金が出されることです。 大規模なスイス式オープン大会として知られるChess.com Isle of Man Internationalが賞金総額144,000英ポンド(およそ191,000米ドル相当)ですから、破格の高額賞金大会と言ってよいでしょう!

 

2.開催地とオーガナイザー

  2月16日、FIDEはイギリスのマン島でのGrand Swiss開催を発表しました。*4

同時に、これまでChess.com Isle of Man Internationalを主催してきたChess.comから、同大会の運営者がGrand Swissの運営を担う旨が発表されました。

www.chess.com今年の「Chess.com Isle of Man International」開催はなく、代わりにGrand Swissが開かれるようです。

  Chess.com Isle of Man Internationalは世界王者Carlsenらトップ選手が参加する大規模なスイス式大会として知られており、運営者は過去数年間この大会の運営を成功させてきました。円滑な大会進行が期待できそうです。

*1:各地の大会を「ACPツアー」として登録し、成績上位者にポイントを与えて年間ランキングを作っているのですが、独自の賞金もなく、大会側からもプレーヤーからも殆ど顧みられていません……。数年前まではACP主催の大会も開かれていたのですが、現在は開催が停止しています。ACP公式サイト:

https://www.chessprofessionals.org/

*2:追加発表されました。

https://www.fide.com/component/content/article/1-fide-news/11442-fide-grand-swiss-update.html

*3:追加発表されました。

https://fide.com/component/content/article/1-fide-news/11430-isle-of-man-to-host-the-fide-grand-swiss-tournament.html

*4:

https://fide.com/component/content/article/1-fide-news/11430-isle-of-man-to-host-the-fide-grand-swiss-tournament.html

元チェス世界王者Vladimir Kramnik、現役引退を発表

  2019年1月29日、チェス大会「Tata Steel Chess」の主催者公式サイトにおいて、元チェス世界王者のGM Vladimir Kramnikがプロチェス選手生活を終える旨の発表が行われました。

www.tatasteelchess.com

  Vladimir Kramnikは1975年生まれの43歳。1992年に16歳でグランドマスターの称号を取得しました。2000年に当時の世界王者Kasparovとのタイトルマッチを制し、世界王者となります。*1

  Kramnikは2008年にAnandとのマッチで敗れ、世界王者の地位を失いましたが、2010年代に入っても世界トップレベルの棋力を維持していました。2018年は世界王者Carlsenへの挑戦者を決める大会、Candidates Tournamentに出場し見事なプレーを見せました。特に、Aronian戦は常識破りの序盤から鮮やかな収束に至る好局であり、グランドマスターから一般のチェスファンまで、チェス界を魅了しました。

  43歳という年齢になっても強さを見せていたKramnikの突然の引退宣言に、チェス界全体が驚くとともに、その引退を惜しんでいます。

 

1.最後の大会

  2019年1月に開かれたTata Steel ChessがKramnikにとって、プロ選手生活最後の大会となりました。Kramnikは、この大会を現役最後の大会にすると決めていたそうです。*2

  Kramnikといば、まずはミスが少なく隙を見せない堅牢なプレーが想起されます。相手に「勝ち」の1ポイントを与えない手堅いプレーを基調としつつ、勝ちにいく激しい展開や捨て駒を選ぶ場合でも、その背後には深い研究と緻密な読みがあるのが常でした。「いちかばちか」「出たとこ勝負」のようなプレーをしないのが“いつもの”Kramnikだったのです。

  2019年のTata Stee ChessでのKramnikは、普段とまるで違う姿でした。盤上に不均衡をもたらすことを好み、簡単に駒を捨てていきます。極端にリスクを取っていくプレーです。顕著だったのがポーランドの新星Dudaとのゲームでしょうか。

   成績は振るわず、「楽観的すぎるプレー」に疑問の声も上がりました。大会中のKramnikは、この大会での自身のプレーをこう語っています。

 「ただチェスを楽しみたい」「危険だということはわかっている」「強豪の集まる大会ではこういうプレーは報われないけど、少なくとも面白いゲームができる!」とにかく、チェスを楽しみたいという気持ちを語っています。

  更に、現役最終ゲームとなったShankland戦、Kramnikは簡単な引き分けの進行を拒否して劣勢に陥り、負けてしまいます。

 

  結局、Kramnikは現役最後の大会を13人中13位で終えました。Kramnikと同様40代前半での引退を選んだ元世界王者のKasparovが優勝を花道に引退した*3姿とは対照的な引き際です。

  「チェスのウィンブルドン」とも言われるこの大会で、結果を気にせず、思い切りチェスを遊び倒して去っていくKramnikの姿もまた深く印象に残るものではないかと思います。

2.Kramnikのこれから

  2月に入って、KramnikはロシアのGM Makarychevが運営するYoutubeチャンネル「Makarychev Chess」のインタビューに応じました。Chess24によって、このインタビューの内容が英訳されています。

chess24.com

  この中でKramnikは、引退後のプランをいくつか語っています。

2-1.教育プロジェクト

  一つ目は子供の教育についてのプロジェクトだそうです。技術の進歩によって、不確かさの増していく中、次の時代を生きる世代は「変化に対応する能力」が重要になると述べています。

  Kramnik自身はそうした能力をチェスを通じて高めていきたいと考えているそうです。

2-2.後進のチェスプレーヤー育成

  Kramnkは、次世代のチェスプレーヤー育成についても語っています。

  ロシアにはソチ五輪後の施設活用の一環として、「シリウス」というスポーツ、芸術、科学などの英才教育施設*4が開設されており、ロシアの若手チェス選手も「シリウス」で教育を受けています。Kramnikはこの「シリウス」を出た若手プレーヤーが世界のエリート選手入りをする準備をしたいのだそうです。

  Kramnikは過去10年にロシアから世界ランクのトップ10に入った選手はKarjakinとNepomniachtchiしかいないと指摘、状況を憂慮しています。

  Kramnikは、自身が幼少期に元世界王者Mikhail Botvinnikの設立したチェス学校で教育を受けたことを振り返りながら、自分もBotvinnikのように偉大なチャンピオンを育てたいと夢を語っています。*5

  このツイートで紹介されているのはBotvinnik学校時代のKramnikの写真ですが、将来的にはKramnik自身もこの写真に写ったBtovinnikのように、椅子に座って若いプレーヤーの姿を見つめるようになるのかもしれませんね。

2-3.執筆

  純粋なチェスの本*6と回想録の両方に取り組む予定があるそうですが、まずは「チェスの本」を書くそうです。

  Kramnikの前のチャンピオンKasparovは引退後、過去の名選手を語る「My Great Predecessors(偉大なる先人達)」シリーズや自戦記「Garry Kasparov on Garry Kasparov」を上梓し、高く評価されています。

  Kramnikがどんな本を残すのか、注目されるところです。

2-4.エキシビション・マッチ

  プロチェス選手として試合に出ることはない、と宣言したKramnikですが、非公式のエキシビション・マッチや多面指し企画についてはこれからも参加するそうです。

  個人的には、昨年セントルイスで行われたような、チェス960の企画に参加してほしいですね!

 

3.チェス界の反応

  ツイッターから、Kramnik引退に対するGMたちの反応を拾っていきます。 

 オランダ最強のGM、Anish Giriは一言、「レジェンド」

 イングランドGM David Howellは、11歳の頃にエキシビションでKramnikと指した時の写真を投稿。昨年のオリンピアードを含め、複数回Kramnikとプレーできたことは名誉だったと語ります。

 トップレベルのプレーヤーとして何度もKramnikと戦ったアルメニア第一位のGM Aronian。過去25年間のあらゆるオープニングに貢献した、とKramnikの功績を称えつつ、早すぎる引退を惜しんでいます。

 ロシアの後輩、Nepomniachtchiは絵文字。

   19歳のGM Jorden Van ForeestはTata Steel ChessでのゲームがKramnikとの初対戦でした。そのゲームを検討している最中に、引退の報に接することとなりました。

 チェス記者のSvensen氏は、チェス大会のために滞在していたホテルでの思い出を披露。大会に参加したGMたちとブリッツをして遊んでいる最中、Kramnikは自分の部屋からジンの瓶を一本持って降りてきたそうです。

 早指し王、GM NakamuraはSvensen氏のツイートを引用。Svensen氏が投稿した画像には、KramnikとチェスをするNakamuraの姿が写っています。

 セコンドとして世界王者Magnus Carlsenの研究チームにいるGM Peter Heine Nielsen氏は、2018年の世界選手権タイトルマッチで多用された定跡にもKramnikが大きく貢献していると語ります。

 一つ年下のロシアの後輩、Svidlerは幼少期にKramnikと同じチェス学校で教えを受けました。Svidlerがチェスプレーヤー生活を送る間、ずっと同じ競技者として存在し続けたKramnikが引退することについて、「Kramnikのいないチェスを想像できない」と述べます。

 10代の頃から30年にわたってKramnikとライバル関係にあった元世界王者Anand。「Vlady」と親しみのこもった呼びかけです。インドの新聞「Times of India」では、2010年のタイトルマッチでKramnikの協力を得ていたことも明かしています。*7

 

 

*1:当時は「FIDE世界王者」と「クラシカル世界王者」の分裂期にあたり、KramnikはKasparovから「クラシカル」の王者を引き継いだ。2006年、KramnikはFIDE王者Topalovとの「王座統一戦」を制し、唯一の王者となった

*2:

https://www.tatasteelchess.com/news/81/vladimir-kramnik-announces-end-of-chess-career.html

*3:2005年Linares大会。Kasparovは優勝後の記者会見で引退を表明した

*4:https://sochisirius.ru/ 公式サイト

*5:Kramnikの前の世界王者、KarpovとKasparovもBotvinnikのチェス学校出身

*6:技術書の意味か

*7:

https://timesofindia.indiatimes.com/sports/chess/too-early-for-kramnik-to-retire-anand/articleshow/67745608.cms

チェスの神童 その2 天才児たちはどうやってステップアップするのか

  日本の囲碁、将棋の天才児たちは、在野のアマチュアから「奨励会員」や「院生」と呼ばれるプロ養成課程を経て、「プロ棋士」となって最高峰の舞台である「プロ棋戦」にデビューします。

  ではチェスの天才児たちは、どうやって階段を上っていくのでしょうか。

1.「プロ養成課程」はない

  チェスにはプロ制度がありません。

dame-chess.hatenablog.com  チェスには「プロ棋戦」「アマ棋戦」という枠組みがありません。すべてのプレーヤーは、あくまで在野の一プレーヤーにすぎません。したがって、「奨励会員」や「院生」のような、一般の大会から切り離された育成過程もありません。

  チェスの才能にめぐまれた子供たちは、棋力も年齢も様々なプレーヤーに混じって大会に出場し、次に述べる「レーティング」を上げていきます。

 

2.レーティング

2-1.全プレーヤー共通のものさし

  チェスの世界には国際チェス連盟(FIDE)や各国のチェス連盟が発表しているレーティングがあります。チェスプレーヤーの格付けは、基本的にこの「レーティング」によって行われます。

  プロもアマも、マスターもそうでないプレーヤーも、大人も子供も、すべてのプレーヤーはこの共通の基準で棋力を測られます。天才児たちも同様です。

2-2.FIDEレーティングと年齢別世界ランク

  FIDEの発表するレーティングは全世界共通です。FIDEは、FIDEに登録されたプレーヤーの年齢とレーティングを把握しており、毎月レーティングを発表しています。年齢、名前、チェス国籍、レーティングは公開情報なので、これらの情報から年代別の世界ランクを作成できます。

  チェスの天才児たちは、同年代の全世界のプレーヤーの中で自分がどの程度の位置にいるのか常に数字で示されるのです。

2-3.称号

  レーティングと大会成績に応じて「グランドマスター(GM)」などの称号が与えられます。チェスで生きていくには、この称号も大事です。

 

 3.神童たちの戦場

  格付けを上げるにはレーティングを上げていく必要があります。レーティングを上げるには、レーティング対象の大会出て勝つしかありません。

チェス大会の仕組、種別については以下のエントリをご覧ください。

dame-chess.hatenablog.com

3-1.スイス式オープン

  育成年代のプレーヤーにとっても、この形式の大会が最もポピュラーであり、主戦場となります。レベルは大会によって様々ですが、世界トップレベルのGMが多数エントリーする大規模大会に参加すれば、組み合わせの具合次第でそういった世界レベルのGMと戦う機会も得られます。

  時には10代前半のプレーヤーが一流のGMを倒してしまったりもします。昨年のGRENKE Openでは13歳のIM Vincent Keymerがハンガリーを代表するGM Richard Rapportに勝って優勝を決め、世界を驚かせました。

www.youtube.com

3-2.クローズドのノーム大会

  「インターナショナル・マスター」、「グランドマスター」の称号を得るには、一定レベル以上の大会にエントリーして好成績を収め、「ノーム(Norm)」を取得する必要があります。「ノーム」取得を目指すプレーヤーのために、FIDEのルールで定められた基準をクリアした高レベルのクローズド大会が開かれており、これらの大会を「ノーム大会(Norm Tournament)」と呼びます。

  称号の取得を目指す若手プレーヤーは、ノーム大会にもよく顔を出します。昨年、ウズベキスタンのSindarovが最後の「GMノーム」獲得を決めたのもハンガリーで開かれた「ノーム大会」でした。

3-3.年代別大会

  チェスの世界では毎年、21歳未満の全選手を対象とした「世界ジュニア」、8歳以下、10歳以下、12歳以下の3クラスに分かれた「世界カデット」と14歳以下、16歳以下、18歳以下の3クラスに分かれた「世界ユース」が開催されています。

  この他にも、「ヨーロッパ」や「アジア」といった大陸レベル、あるいは国内レベルでも年代別の大会が開かれます。

  年代別大会では長きにわたってライバルになるであろう、同世代のプレーヤーが集い、戦います。現在世界のトッププレーヤーとなっているGMたちが、若い頃世界ユースで戦った棋譜を眺めるのも楽しいものです。

  近年では、一般の大会で戦うようになったプレーヤーが年代別大会から卒業していく傾向にあり、「世界ジュニア」や「U18」年代まで上がってくると、必ずしも「世代最強」が集まる大会とは言えなくなっています。

3-4.招待制大会

  「天才児」たちは、人気のあるプレーヤーでもあります。チェスイベントの主催者にとっても、彼らはイベントの目玉の一つになりうるコンテンツなのです。

  2018年に初開催された早指し戦、Tata Steel Chess Indiaではインド出身の若いGMであるPraggnanandhaaとNihal Sarinが招待され、世界トップレベルのプレーヤーと真剣勝負を繰り広げました。

www.youtube.com  13歳のPraggnanandhaaが、元世界王者にして現役のトップ10プレーヤー、Anandと戦っています。

 

4.辿り着く場所

  称号を取得し、レーティングを上げ続けた先にあるのがオランダで開催されるTata Steel Chessやアメリカで開催されるSinquefield Cupなど「スーパートーナメント」*1と総称される、世界最高のプレーヤーたちが招待される高額賞金大会です。

  レーティングを上げ続ければ、「スーパートーナメント」の主催者から招待状が届くようになります。

  「スーパートーナメント」の常連になるのが、一応はチェスプレーヤーとしての到達点といっても良いでしょう。

 

  この上にもう一つ「世界王者」というチェス界最高峰のタイトルがあるのですが、世界王者へ至る道はまた別の機会にでも。

*1:非公式な呼称で、定義はあいまい

チェスの神童 その1 チェスの「最年少プロ棋士」

  先日、囲碁の日本棋院は、9歳の仲邑菫さんが4月からプロ棋士デビューする旨の発表を行いました。通常のルートではなく、新設される「英才特別推薦棋士」としての採用で、4月から10歳のプロ棋士として戦うことになります。

www.jiji.com

  さて、チェスの神童たちも若くして頭角を現して来るものです。チェスの世界の天才児事情を語ってみたく思います。

 

1.チェスの「最年少プロ棋士」は何歳?

  日本囲碁界の最年少プロ棋士が10歳、ではチェスは……と書ければよかったのですが、残念ながらそれはできない相談です。そもそもチェスにはプロ制度がないのです。

dame-chess.hatenablog.com  「チェスで稼いでいる人がプロ」ぐらいの、ざっくりとした区分しかないんですよね。

  この映像では、ロシアのFIDEマスター(FM)Ilya Makoveevが多面指しのデモンストレーションを行っていますが、これで報酬を受け取っている場合、彼もすでに「プロ」であるということが言えるかもしれません。

www.youtube.com  また、コーチをつけ、各地の大会を転戦していくとなるとどうしてもお金が掛かります。費用を賄うため、チェスの若手有望株は個人スポンサーの支援を受けます。アルメニア出身のトップGM、Levon Aronianはインタビューに答えてこんなことを言っています。

It might sound strange, but my professional career started at the age of 10, when, with my mother's continuous efforts of knocking on every high ranked official's door, I got my first sponsorship deal.*1

自分のプロとしてのキャリアは最初にスポンサー契約を結んだ10歳の時に始まったと語っています。

  昨年12歳でGMとなったGM Praggnanandhaaにもスポンサーがついています。

www.youtube.com  彼の上着についている「RAMCO」は企業グループの名前なのです。

www.ramcocements.in*2

 

  スポンサーの看板を背負ってチェスをするようになった時が、プロ生活の始まりという見方もできそうです。

 

2.称号と最年少記録

2-1.称号の最年少記録

  先述したようにチェスにはプロ制度がありませんが、棋力のものさしとなる「レーティング」を上げ、大会で好成績を収めて「ノーム」を獲得すれば、「インターナショナル・マスター(IM)」や「グランドマスターGM)」といった「称号」が手に入ります。

  「プロ棋士」の地位をチェスの称号と同様の「競技上の達成に対して贈られる名誉」「棋力の証明」として捉え、チェス称号の年少記録を見ていきたいと思います。

   現在、GMの最年少記録はロシアのSergey Krjakinが持つ12歳7ヶ月IMの最年少記録はインドのPraggnanandhaaが持つ10歳10ヶ月19日となっています。

2-2.天才の証、15歳未満のGM

  1994年、ハンガリーのPeter Lekoが14歳4ヶ月22日でGMとなりました。以降現代のチェスでは、「15歳までにGMになること」が「天才児」の一つの基準となっています。

  Wikipediaソースになりますが、「15歳未満GM」は過去36人出現しています。

en.wikipedia.org  現在の世界王者Magnus Carlsenや、昨年Carlsenに挑戦したFabiano Caruanaらの名前がありますね。2019年1月現在、レーティングによって決定される国際チェス連盟(FIDE)世界ランク上位20人のうち、8人が「15歳未満GM」の達成者です。*3

 

3.グローバル化する才能の発掘、育成

  さて、昨年はPraggnanandhaaが史上2番目の年少GMとなり、各所で大きく報道されました。

dame-chess.hatenablog.com  ところが、ここから2019年1月までの間に、ウズベキスタンのSindarovとインドのGukeshがPraggnanandhaaを上回る若さでGM獲得を決めました。特にGukeshは12歳7ヶ月17日と、Karjakinの記録更新まであと一歩に迫りました。

en.chessbase.com  1988年、Anandがインド初のグランドマスターになって以来30年。この間に、インドは60人のGMを世に送り出しました。うち6人は神童の証「15歳未満GM」であり、6人中5人*4が2019年1月時点でも21歳未満のジュニア・プレーヤーです。

 

  チェスの力を伸ばしたのはインドだけではありません。チェス・オリンピアードで二度優勝した中国。有望なジュニアプレーヤーを多数抱えるイラン。東南アジアの雄、ベトナム。エジプトからも「超一流」の証、FIDEレーティング2700を記録するプレーヤーが出現しました。

 

  レーティングリストの上位をソ連アメリカを中心とした「チェス先進国」のプレーヤーが固めていた1970年代、FIDE公式レーティング制度発足当初からすると、隔世の感があります。

  70年代のイランにチェスの才能を持った少年が生れ落ちても、その才能に気づき、才能を伸ばすことは難しかったでしょう。しかし、現代のイランならば、少年は「未来の世界王者」として注目される若きGMにまで成長できるのです。

en.chessbase.com

  この先もチェスのグローバル化が進展していけば、思いもよらぬ場所からチェス界を豊かにする新たな才能が出現するはずです。

*1:

https://chess24.com/en/read/news/aronian-my-professional-career-started-at-the-age-of-10

*2:RAMCOグループの中心となっているRAMCOセメント社のサイト

*3:

https://ratings.fide.com/top.phtml?list=men Carlsen、Caruana、Giri、Vachier-Lagrave、Wesley So、Yu Yangyi、Radjabov、Karjakinの8人

*4:訂正。院生のNegiさんは20歳過ぎてますね……