凡人チェス・プレーヤーにとってのチェスAI/ソフト/コンピューター

  近年、将棋や囲碁などゲームをプレーする人工知能が大きな進歩を見せ、大きな注目を集めています。様々な完全情報ゲームにおいて、人工知能は人間のトッププレーヤーを上回る能力を示すようになりました。

  チェスにおいては1997年にIBM社の制作した「ディープ・ブルー」が当時世界最強のチェス・プレーヤーであったガルリ・カスパロフと6番勝負を戦い、2勝1敗3分で勝利しています。この1997年の6番勝負は一般的に「チェス競技で機械が人間を超えた瞬間」とされており、今年でその時から20年を迎えます。

  ある意味において、現代のチェスは「技術的特異点通過から20年後の世界」にいます。そこが一介のカジュアル・プレーヤーであり、ファンである自分にとってどんな場所なのか、書いていこうと思います。

 

1.現代のチェス・ソフトの強さ

  現代のチェス・ソフトは非常に強力です。現在、世界トップの座を争っているソフトの「ストックフィッシュ」と「コモド」は人間のグランドマスターとの間でハンデキャップをつけた番勝負を実施しています。チェス・ドットコムではハンデキャップマッチの戦績がまとめられています。fポーン落ちや持ち時間の制限、数手指した状態からの開始などハンデがありながら人間のプレーヤーに負けたのは1ゲームだけ、番勝負でも引き分けが二度あるだけです。

 

  また、ソフトの強さを計測して公開しているレーティング・リスト*1において、現代最強のソフトたちは過去のソフトを遥かに上回る数値を叩き出しています。世界トップクラスのグランドマスターたちが戦ってなんとか勝負になっていた2000年代中盤の主流ソフト*2レーティング・リストどの程度の位置にいるのか見れば現代のソフトがその当時から長足の進歩を遂げていることは明らかです。

  おそらく、最強の無料ソフトであるストックフィッシュの最新版であれば、私の使っている大してスペックの高くないデスクトップPC*3で動かしても人間界最強のプレーヤーたちと互角以上に戦えるはずです。

 

2.ネット対局の世界

  私が主にインターネットサイトを通じて対戦サイト上でチェスをしており、OTB*4 にはたまに参加する程度です。正式なレーティングを持つトーナメント・プレーヤーではありません。趣味として楽しくチェスができればそれで十分、というスタンスです。

  あるゲームで人工知能が人間のトップを上回ると、そのゲームへの関心が減少し、プレーヤーが減るとの観測もありますが、オンラインのチェスではどうでしょうか。

 

2-1.プレーヤーは山ほどいる

  私のレベル*5ならばウェブ上でチェスの対戦相手を見つけることには不自由しません。私が主に使っている対戦サイト、チェス・ドットコムでは対戦場に常時1万人以上がログインしており、人気のある持ち時間であれば自動マッチングで対戦が組まれるまで1分もかかりません。

  レーティングが上がってくると少しずつ実力に見合った対戦相手を見つけづらくなるという話も聞きますが、FIDE*6やUSCF*7の公式タイトル保有者で公式レーティング2000を上回るプレーヤーも日常的にインターネットの対戦サイトを利用しているので、2000未満のプレーヤーが対戦相手に困ることはまずないと思います。

 

2-2.ソフト指し

  何せ、ほぼ全ての人間をなぎ倒すソフトが無料で手に入る時代です。ソフトのいう通りに指せば、あらゆる人間に勝てます。ソフト指しは大きな問題とされており、各対戦サイトはそれぞれソフト指し対策を行っていますが、全地球からアクセスするプレーヤーの行動すべてを監視できない以上、完全にソフト指しを排除できているのかどうか、確認することはできません。

  かといって、ソフトを使わない人間同士の対局は成立しなくなる、ソフト指しへの疑念からネット対局場が過疎化する、ということもありません。先述したようにウェブ上でチェスの対戦相手を見つけるのは容易いですし、ソフト指しをしない私がごく普通に勝たせてもらえます。

  画面の向こうにいる人間が全くソフト指しをしていないのかを自分で把握することはできません。しかし、少なくともソフト指しをしていない私と同レベルの指し手しか返してこない相手が多数いることは間違いないのです。趣味としてチェスを楽しむ分には問題はなく、私個人として現状に不満はありません。

 

3.ソフト先生

  私は強すぎるソフトたちを専ら解析ツールとして利用します。「ストックフィッシュ先生」や「コモド先生」が私の師匠です。

  棋譜を解析にかければ、ソフト先生は評価値を使って数字で私のミスを指摘します。「この手は成立しないのか?」と盤面を動かせば、最善の応手で成立しないことを示してくれます。24時間365日、こちらの都合に合わせて呼び出しに応じてくれます。どんなくだらないことも躊躇いなく聞けます。ありがたい個人教師です。

 

  ただし、ソフト先生にも弱点があります。ソフト先生は言葉があまり達者ではありません。ソフト先生こんな言葉しか使えません。

1.11    25. Be3 f6 26. Rad1 Qc4 27. Qxc4+ Bxc4 28. Nf5 Nxf5
1.04    25. Qf3
0.85    25. f3 Bd7 26. Be3 Nb5 27. Qd2 Nd4 28. Qf2 Qg6
0.64    25. f4 f6 26. fxe5 fxe5 27. Be3 Be8 28. Re2 Kh7

評価値の数字と、具体的なバリエーションですね。ソフト先生の言葉を解釈する作業は自分自身で行うしかありません。

  ソフト先生は減点法で指し手のミスの指摘はしっかりやってくれますが、手が広い局面でのプランの立て方や人間の脳の力で正しい手を見つける方法をアドバイスしてくれることはありません。評価値がポーン100分の1個分しか違わないバリエーションを複数並べられたり、「そんなもん、(自力で)読めるか!」という(私の目から見れば)非常に複雑なバリエーションを最善として示されたりすることはよくあります。

  この弱点こそ、今もなお人間の書いた棋書や人間のチェス指導者が必要とされる理由の一つなのでしょうね。

 

4.絶対にソフト勝てないのに、チェスをする理由

  ソフトの話をする前に、人間の話をしたほうが良いでしょう。

  世に数億人いるとも言われるチェス・プレーヤーの大多数はグランドマスターにはなれません。チェス・プレーヤーの大多数はオープニング理論の進歩、ミドルゲームでの新概念設定など「盤上の真理」の解明に貢献しません。チェス・プレーヤーの大多数はチェスで金を稼ぐこともありません。私もこの大多数の1人です。

  それでも、チェス・プレーヤーたちはチェス・プレーヤーであり続けてきました。彼らは(私は)何のためにチェスをしてきたのでしょうか?

  それはおそらく、単純にチェスというゲームを楽しむためです。

 

  いくら人工知能が強くなっても、「大多数」がチェスに向かう理由は変わらないはずです。上のほうで少々人間のトップ選手と人工知能の力関係が変わっただけです。

  これまでもこれからも、チェス・プレーヤーたちはチェスを楽しむためにチェスをするだけです!

*1:CCRLSSDFIPON

*2:ディープ・フリッツ10など

*3:CPUはCore i3です。

*4:Over the Boardの略。物理的な盤駒を使って現実世界で行うチェスのこと。

*5:チェス・ドットコムのブリッツ総合ランキングでは私より上に十数万人います。

*6:国際チェス連盟

*7:全米チェス連盟

Chess.comライブ・チェスのマナー?

  私は普段Chess.com(チェスコム)と いうサイトを利用してインターネットでチェスをしています。これからチェスコムにデビューする方向けに、チェスコムで世界の見知らぬプレーヤーと対戦する際にどう振舞えばいいのか大雑把な指針を示せれば良いかなあと思い、このエントリを書いてみました。

 

1.開始前の挨拶

  挨拶する場合でも互いに"hi"と言い合う程度でOK。私は無言でゲームに入ることのほうが多いぐらいです。

2.終了後の挨拶と感想戦

  私の経験上、感想戦は成立しないことのほうが多いです。話しかける間もなく立ち去ってしまう人が大多数で、話しかけても無視されることがしばしば。

  大抵のゲームでは無言で別れるか"gg"と挨拶をして別れることになります。"gg"は"good game"の略です。"gg"と言われたら"gg"と返答しておけば問題ないです。

 

3.チャット全般

  チェスコムには色んな国のプレーヤーがいますが、英語を使えば大体通じます。多少ブロークンでもなんとかなります。余裕があれば会話をしてみるのも一興です。*1

  時々「お前アホすぎワロタwwwwwww」などと煽ってくる人もいますし、引き分けに持ち込もうとすると「卑怯者!」と怒り出す人もいますが、あんまり酷い場合はブロック機能を使ってブロックしてしまえば対戦を組まれなくなります。

  

  ここまでチャット関係を見てきましたが、暴言が鬱陶しい場合はチャット機能を切ってしまうのも一つの手です。

4.再戦要求

  決着がついた後、対戦相手が再戦(rematch)を要求してくることがあります。これは断ってしまっても特に問題にはなりません。たまにメッセージ機能を使って「逃げやがったな!」「臆病者め!」など文句を言われることもありますが、気にする必要はありません。

  こちらから再戦を求めることもできますが、受けるか断るかはもちろん相手の自由です。

 

5.対戦中止、故意切断

  まず対戦中止(abort)について。チェスコムでは初手を指す前なら自動マッチングで対戦が組まれた後でも「abort」をクリックあるいはタップすることで対戦を中止できます。対戦そのものがなかったことになり、レート戦でもレーティングは上下しません。

  しかし、「黒で指したくない」などの理由で頻繁に対戦を中止しているとフェアプレー・ポリシー違反として報告され、対戦中止機能が利用できなくなります。

 

  不利になったプレーヤーが接続を切って戻って来ないこともよくありますが、これもフェアプレー・ポリシー違反として報告されます。

  チェスコムでは、接続が切れて一定時間が経過すると持ち時間を使い切っていなくても自動的に切断した側の負けになります。相手が接続を切って戻って来ない時は1分程度で勝ちになるので、それまで待ちましょう。

 

6.ドロー・オファー

  プレーヤーはドロー・オファー(引き分けの提案)を出す権利を持ちますが、タイミングによっては相手の技量を低く見るメッセージとみなされることもあるそうです。といっても、チェスコムのライブチェス程度なら軽い遊びですし、神経質になる必要もないかと思います。

  • 明らかな敗勢*2でのドロー・オファー
  • 相手が何度も拒否している中での執拗なドロー・オファー連打

この2種類さえ避けるようにすれば特にいざこざは起きないはずです!*3面倒なら合意によらずに引き分けになる局面まで指し切ってしまうのがいいでしょう。

 

  一方、自分が「無礼なドロー・オファー」を受ける側になった場合はどうすればいいのでしょうか?チェスコムでは提案を受けずに自分の手番で指し手を送信すれば自動的にドロー・オファーを拒否したことになりますので、無視してゲームを続けるだけでOKです。

 

7.フラッギング(時間切れ狙い)

  盤上の形勢と無関係に対戦相手を時間切れに追い込んでゲームに勝つ行為を「フラッギング」と言います。アナログ式のチェスクロックで時間切れになる際に「旗(=flag)が落ちる」ことに由来します。

  フラッギングの是非は人によって意見の分かれるところです。持ち時間が決まっている以上、時間切れを狙うのも立派な戦術だという考え方の人もいれば、ただ素早く駒を動かして時間切れだけを目的にプレーするのはチェス本来の楽しみ方とは程遠いし、礼儀をわきまえた行いとは言えないという考えの人もいます。

  私からは「各々の信条に従ってください」と言うしかないですね……。*4

 

  フラッギングによる負けを避けたい場合は、最初に与えられた持ち時間がなくなったらおしまいのいわゆる「切れ負け」方式ではなく、一手ごとに一定の持ち時間が加算される「フィッシャー・モード」方式で指すようにすればいいでしょう。一手2秒あるだけでも全然違いますよ! 

 

8.ソフト指し

  ソフトに頼るの、ダメ、ゼッタイ。

チェスソフトを使って局面を解析しながら対局する行為、「ソフト指し」は厳禁です。チェスコムの場合、ソフト指しと認定されると規約違反でアカウントを停止されます。

 

 

  本エントリを読んだ方々が楽しいインターネット・チェス生活を楽しまれますように。

*1:会話をする場合、日本人とわかると「日本のどこ住み?」と聞かれることが多いですね。マンガ、アニメの話も振られたことがあります。

*2:相手がキングとクイーンを持っていて自分がキングのみの場合など

*3:実のところここはちょっと自信がない……

*4:私はどちらかというと時間切れに追い込まれることのほうが多いのですが、フラッギング肯定派です。

2016年チェス世界選手権開催中!

  世界選手権が始まる前にアップロードしたかったのですが、もう3分の1終わっちゃってますね……。非チェス勢の方々向けに、少し世界選手権の紹介をしてみようかと思います。

 

1.「世界選手権」とは?

  国際チェス連盟(FIDE)が公認する「チェス世界チャンピオン」の称号をかけて現役世界チャンピオンであるマグヌス・カールセンと候補者大会(Candidates Tournament)を勝ち抜いた挑戦者のセルゲイ・カリャーキンが12ゲームの番勝負を行います。1ゲームあたり、勝利に1ポイント、引き分けに0.5ポイント、敗北に0ポイントが与えられ、先に6.5ポイントを獲得して勝ち越しを決めた側がタイトルマッチの勝者となります。12ゲームを終えて同点の場合、早指しによるタイブレーク・ゲームが行われます。

  チェスにおいて何らかの称号をかけて実施するタイトルマッチは世界選手権のみで、開催は2年に1度。*1毎年7回のタイトル戦を行う将棋の世界に比べると少し寂しい気もしますが、その分世界選手権の価値は非常に高く、数多のチェス選手の中から挑戦者になるだけでも大変な名誉とされます。

 

2.出場選手

 マグヌス・カールセン(現世界チャンピオン)

  • 1990年11月30日生まれの25歳。ノルウェー出身。
  • 2016年11月期世界ランキング1位。レーティング*22853。
  • レーティングの史上最高記録*3を保持。誰もが認める現代チェス界最強の男。
  • 13歳4ヶ月27日でグランドマスターGM)の称号を獲得。*4
  • 10代の半ばからヨーロッパ各地のチェス大会を転戦する生活を始める。
  • 2013年、22歳で世界チャンピオンを獲得、翌2014年のタイトルマッチで防衛に成功。2016年は2度目の防衛戦。
  • 他のトップ選手に比べるとコンピューターを使った序盤研究に重きを置かないといわれている。
  • 対局中のドリンクは決まってオレンジジュース……だったがやめたらしい。今年開かれたチェス・オリンピアード*5でも水だった。
  • 肉体的なトレーニングも欠かさない。頭脳スポーツの選手としては中々いい体をしている。

 

 セルゲイ・カリャーキン(挑戦者)

  • 1990年1月12日生まれの26歳。出身はウクライナ(当時)のシンフェロポリで、かつてはウクライナの選手として活動していたが、現在はロシア籍。
  • シンフェロポリ出身=最近ロシアに併合されたクリミア半島の出身。籍を変えたのは2009年なのでクリミア併合とは無関係。
  • 2016年11月期世界ランキング9位。レーティング2772。
  • 12歳7ヶ月でGMの称号を獲得。これは今も破られていない史上最年少記録。
  • GM獲得の翌年の2004年にGMとコンピューターが団体戦を行う電王戦のようなイベントに参加し、コンピューターに一度勝っている。*6
  • その後も順調に成長を続け、2008年に一流GMの証とされるレーティング2700を突破。
  • 2014年に候補者大会に初参加した際は2位で惜しくも挑戦権獲得を逃す。2度目の参加となる今年3月の候補者大会で優勝し、初めて挑戦者となる。
  • カールセンの地元ノルウェーで開催されるノルウェー・チェスというスーパー・トーナメント*7で2013年、2014年とカールセンを上回って連覇。ノルウェーとは相性がいいのか?

 

3.会場

 決戦の地はニューヨークのマンハッタン。かつての魚市場をリノベーションした商業施設(?)フルトン・マーケット・ビルディングで全試合を行います。その昔の世界選手権では途中で開催地を移すこともあったそうですが、近年は単一会場での実施が主流です。

 

4.勝つのはどちら?

  ここまでの早指しを除いた直接対決の成績はカールセン側から見て4勝1敗16引き分け。レーティングでもカールセンが大きく上回っており、ファンの間でも専門家の間でも「カールセン持ち」が多数派です。

  

  有名サイトの専門家の見解まとめ記事を2本紹介しておきます。

www.chess.com

en.chessbase.com

  あのカスパロフも「カールセン持ち」ですね。

 

5.途中経過

  全日程の3分の1、4試合を消化した時点で4引き分け、2対2のタイです。様子見のような第1、2戦でしたが、第3、4戦ではカールセンが優勢となり、カリャーキンを追いつめました。

  カリャーキン側から見ると、2戦続けてなんとか引き分けまで辿り着いてタイの状態を保つことに成功したと言えるでしょう。追いつめながら勝ちを逃したカールセンは何を思い、これからどんなプレーを見せるのか。今後の展開からも目が離せません!

 

  なお、試合開始は全ゲーム日本時間午前4時です。

  睡眠は大事です……。

*1:近年は概ね2年に1回ペースが維持されていますが、過去には間隔が大きく開いたり、2人のチャンピオンが分立する時期があったりもするなど紆余曲折がありました。

*2:チェス選手の強さを示す指標。詳しくは「Eloレーティング」でググろう。観戦するときはスカウターに表示される“戦闘力”のようなものだと思っておけばいいと思います。

*3:2014年5月期に2882を記録

*4:多分将棋の中学生プロ棋士のようなものです

*5:2年に1回開かれる国別対抗の団体戦。ロシアやアメリカ、インドなどの強豪国からレーティングを持たないプレーヤーばかりの弱小国まであらゆる国・地域から代表が派遣される。

*6:藤井総太新四段が電王戦に参加したようなものですね。

*7:将棋ならA級や王将戦リーグ、竜王戦一組に相当する超ハイレベルな試合だと思われます。