元チェス世界王者Vladimir Kramnik、現役引退を発表

  2019年1月29日、チェス大会「Tata Steel Chess」の主催者公式サイトにおいて、元チェス世界王者のGM Vladimir Kramnikがプロチェス選手生活を終える旨の発表が行われました。

www.tatasteelchess.com

  Vladimir Kramnikは1975年生まれの43歳。1992年に16歳でグランドマスターの称号を取得しました。2000年に当時の世界王者Kasparovとのタイトルマッチを制し、世界王者となります。*1

  Kramnikは2008年にAnandとのマッチで敗れ、世界王者の地位を失いましたが、2010年代に入っても世界トップレベルの棋力を維持していました。2018年は世界王者Carlsenへの挑戦者を決める大会、Candidates Tournamentに出場し見事なプレーを見せました。特に、Aronian戦は常識破りの序盤から鮮やかな収束に至る好局であり、グランドマスターから一般のチェスファンまで、チェス界を魅了しました。

  43歳という年齢になっても強さを見せていたKramnikの突然の引退宣言に、チェス界全体が驚くとともに、その引退を惜しんでいます。

 

1.最後の大会

  2019年1月に開かれたTata Steel ChessがKramnikにとって、プロ選手生活最後の大会となりました。Kramnikは、この大会を現役最後の大会にすると決めていたそうです。*2

  Kramnikといば、まずはミスが少なく隙を見せない堅牢なプレーが想起されます。相手に「勝ち」の1ポイントを与えない手堅いプレーを基調としつつ、勝ちにいく激しい展開や捨て駒を選ぶ場合でも、その背後には深い研究と緻密な読みがあるのが常でした。「いちかばちか」「出たとこ勝負」のようなプレーをしないのが“いつもの”Kramnikだったのです。

  2019年のTata Stee ChessでのKramnikは、普段とまるで違う姿でした。盤上に不均衡をもたらすことを好み、簡単に駒を捨てていきます。極端にリスクを取っていくプレーです。顕著だったのがポーランドの新星Dudaとのゲームでしょうか。

   成績は振るわず、「楽観的すぎるプレー」に疑問の声も上がりました。大会中のKramnikは、この大会での自身のプレーをこう語っています。

 「ただチェスを楽しみたい」「危険だということはわかっている」「強豪の集まる大会ではこういうプレーは報われないけど、少なくとも面白いゲームができる!」とにかく、チェスを楽しみたいという気持ちを語っています。

  更に、現役最終ゲームとなったShankland戦、Kramnikは簡単な引き分けの進行を拒否して劣勢に陥り、負けてしまいます。

 

  結局、Kramnikは現役最後の大会を13人中13位で終えました。Kramnikと同様40代前半での引退を選んだ元世界王者のKasparovが優勝を花道に引退した*3姿とは対照的な引き際です。

  「チェスのウィンブルドン」とも言われるこの大会で、結果を気にせず、思い切りチェスを遊び倒して去っていくKramnikの姿もまた深く印象に残るものではないかと思います。

2.Kramnikのこれから

  2月に入って、KramnikはロシアのGM Makarychevが運営するYoutubeチャンネル「Makarychev Chess」のインタビューに応じました。Chess24によって、このインタビューの内容が英訳されています。

chess24.com

  この中でKramnikは、引退後のプランをいくつか語っています。

2-1.教育プロジェクト

  一つ目は子供の教育についてのプロジェクトだそうです。技術の進歩によって、不確かさの増していく中、次の時代を生きる世代は「変化に対応する能力」が重要になると述べています。

  Kramnik自身はそうした能力をチェスを通じて高めていきたいと考えているそうです。

2-2.後進のチェスプレーヤー育成

  Kramnkは、次世代のチェスプレーヤー育成についても語っています。

  ロシアにはソチ五輪後の施設活用の一環として、「シリウス」というスポーツ、芸術、科学などの英才教育施設*4が開設されており、ロシアの若手チェス選手も「シリウス」で教育を受けています。Kramnikはこの「シリウス」を出た若手プレーヤーが世界のエリート選手入りをする準備をしたいのだそうです。

  Kramnikは過去10年にロシアから世界ランクのトップ10に入った選手はKarjakinとNepomniachtchiしかいないと指摘、状況を憂慮しています。

  Kramnikは、自身が幼少期に元世界王者Mikhail Botvinnikの設立したチェス学校で教育を受けたことを振り返りながら、自分もBotvinnikのように偉大なチャンピオンを育てたいと夢を語っています。*5

  このツイートで紹介されているのはBotvinnik学校時代のKramnikの写真ですが、将来的にはKramnik自身もこの写真に写ったBtovinnikのように、椅子に座って若いプレーヤーの姿を見つめるようになるのかもしれませんね。

2-3.執筆

  純粋なチェスの本*6と回想録の両方に取り組む予定があるそうですが、まずは「チェスの本」を書くそうです。

  Kramnikの前のチャンピオンKasparovは引退後、過去の名選手を語る「My Great Predecessors(偉大なる先人達)」シリーズや自戦記「Garry Kasparov on Garry Kasparov」を上梓し、高く評価されています。

  Kramnikがどんな本を残すのか、注目されるところです。

2-4.エキシビション・マッチ

  プロチェス選手として試合に出ることはない、と宣言したKramnikですが、非公式のエキシビション・マッチや多面指し企画についてはこれからも参加するそうです。

  個人的には、昨年セントルイスで行われたような、チェス960の企画に参加してほしいですね!

 

3.チェス界の反応

  ツイッターから、Kramnik引退に対するGMたちの反応を拾っていきます。 

 オランダ最強のGM、Anish Giriは一言、「レジェンド」

 イングランドGM David Howellは、11歳の頃にエキシビションでKramnikと指した時の写真を投稿。昨年のオリンピアードを含め、複数回Kramnikとプレーできたことは名誉だったと語ります。

 トップレベルのプレーヤーとして何度もKramnikと戦ったアルメニア第一位のGM Aronian。過去25年間のあらゆるオープニングに貢献した、とKramnikの功績を称えつつ、早すぎる引退を惜しんでいます。

 ロシアの後輩、Nepomniachtchiは絵文字。

   19歳のGM Jorden Van ForeestはTata Steel ChessでのゲームがKramnikとの初対戦でした。そのゲームを検討している最中に、引退の報に接することとなりました。

 チェス記者のSvensen氏は、チェス大会のために滞在していたホテルでの思い出を披露。大会に参加したGMたちとブリッツをして遊んでいる最中、Kramnikは自分の部屋からジンの瓶を一本持って降りてきたそうです。

 早指し王、GM NakamuraはSvensen氏のツイートを引用。Svensen氏が投稿した画像には、KramnikとチェスをするNakamuraの姿が写っています。

 セコンドとして世界王者Magnus Carlsenの研究チームにいるGM Peter Heine Nielsen氏は、2018年の世界選手権タイトルマッチで多用された定跡にもKramnikが大きく貢献していると語ります。

 一つ年下のロシアの後輩、Svidlerは幼少期にKramnikと同じチェス学校で教えを受けました。Svidlerがチェスプレーヤー生活を送る間、ずっと同じ競技者として存在し続けたKramnikが引退することについて、「Kramnikのいないチェスを想像できない」と述べます。

 10代の頃から30年にわたってKramnikとライバル関係にあった元世界王者Anand。「Vlady」と親しみのこもった呼びかけです。インドの新聞「Times of India」では、2010年のタイトルマッチでKramnikの協力を得ていたことも明かしています。*7

 

 

*1:当時は「FIDE世界王者」と「クラシカル世界王者」の分裂期にあたり、KramnikはKasparovから「クラシカル」の王者を引き継いだ。2006年、KramnikはFIDE王者Topalovとの「王座統一戦」を制し、唯一の王者となった

*2:

https://www.tatasteelchess.com/news/81/vladimir-kramnik-announces-end-of-chess-career.html

*3:2005年Linares大会。Kasparovは優勝後の記者会見で引退を表明した

*4:https://sochisirius.ru/ 公式サイト

*5:Kramnikの前の世界王者、KarpovとKasparovもBotvinnikのチェス学校出身

*6:技術書の意味か

*7:

https://timesofindia.indiatimes.com/sports/chess/too-early-for-kramnik-to-retire-anand/articleshow/67745608.cms

チェスの神童 その2 天才児たちはどうやってステップアップするのか

  日本の囲碁、将棋の天才児たちは、在野のアマチュアから「奨励会員」や「院生」と呼ばれるプロ養成課程を経て、「プロ棋士」となって最高峰の舞台である「プロ棋戦」にデビューします。

  ではチェスの天才児たちは、どうやって階段を上っていくのでしょうか。

1.「プロ養成課程」はない

  チェスにはプロ制度がありません。

dame-chess.hatenablog.com  チェスには「プロ棋戦」「アマ棋戦」という枠組みがありません。すべてのプレーヤーは、あくまで在野の一プレーヤーにすぎません。したがって、「奨励会員」や「院生」のような、一般の大会から切り離された育成過程もありません。

  チェスの才能にめぐまれた子供たちは、棋力も年齢も様々なプレーヤーに混じって大会に出場し、次に述べる「レーティング」を上げていきます。

 

2.レーティング

2-1.全プレーヤー共通のものさし

  チェスの世界には国際チェス連盟(FIDE)や各国のチェス連盟が発表しているレーティングがあります。チェスプレーヤーの格付けは、基本的にこの「レーティング」によって行われます。

  プロもアマも、マスターもそうでないプレーヤーも、大人も子供も、すべてのプレーヤーはこの共通の基準で棋力を測られます。天才児たちも同様です。

2-2.FIDEレーティングと年齢別世界ランク

  FIDEの発表するレーティングは全世界共通です。FIDEは、FIDEに登録されたプレーヤーの年齢とレーティングを把握しており、毎月レーティングを発表しています。年齢、名前、チェス国籍、レーティングは公開情報なので、これらの情報から年代別の世界ランクを作成できます。

  チェスの天才児たちは、同年代の全世界のプレーヤーの中で自分がどの程度の位置にいるのか常に数字で示されるのです。

2-3.称号

  レーティングと大会成績に応じて「グランドマスター(GM)」などの称号が与えられます。チェスで生きていくには、この称号も大事です。

 

 3.神童たちの戦場

  格付けを上げるにはレーティングを上げていく必要があります。レーティングを上げるには、レーティング対象の大会出て勝つしかありません。

チェス大会の仕組、種別については以下のエントリをご覧ください。

dame-chess.hatenablog.com

3-1.スイス式オープン

  育成年代のプレーヤーにとっても、この形式の大会が最もポピュラーであり、主戦場となります。レベルは大会によって様々ですが、世界トップレベルのGMが多数エントリーする大規模大会に参加すれば、組み合わせの具合次第でそういった世界レベルのGMと戦う機会も得られます。

  時には10代前半のプレーヤーが一流のGMを倒してしまったりもします。昨年のGRENKE Openでは13歳のIM Vincent Keymerがハンガリーを代表するGM Richard Rapportに勝って優勝を決め、世界を驚かせました。

www.youtube.com

3-2.クローズドのノーム大会

  「インターナショナル・マスター」、「グランドマスター」の称号を得るには、一定レベル以上の大会にエントリーして好成績を収め、「ノーム(Norm)」を取得する必要があります。「ノーム」取得を目指すプレーヤーのために、FIDEのルールで定められた基準をクリアした高レベルのクローズド大会が開かれており、これらの大会を「ノーム大会(Norm Tournament)」と呼びます。

  称号の取得を目指す若手プレーヤーは、ノーム大会にもよく顔を出します。昨年、ウズベキスタンのSindarovが最後の「GMノーム」獲得を決めたのもハンガリーで開かれた「ノーム大会」でした。

3-3.年代別大会

  チェスの世界では毎年、21歳未満の全選手を対象とした「世界ジュニア」、8歳以下、10歳以下、12歳以下の3クラスに分かれた「世界カデット」と14歳以下、16歳以下、18歳以下の3クラスに分かれた「世界ユース」が開催されています。*1

  この他にも、「ヨーロッパ」や「アジア」といった大陸レベル、あるいは国内レベルでも年代別の大会が開かれます。

  年代別大会では長きにわたってライバルになるであろう、同世代のプレーヤーが集い、戦います。現在世界のトッププレーヤーとなっているGMたちが、若い頃世界ユースで戦った棋譜を眺めるのも楽しいものです。

  近年では、一般の大会で戦うようになったプレーヤーが年代別大会から卒業していく傾向にあり、「世界ジュニア」や「U18」年代まで上がってくると、必ずしも「世代最強」が集まる大会とは言えなくなっています。

3-4.招待制大会

  「天才児」たちは、人気のあるプレーヤーでもあります。チェスイベントの主催者にとっても、彼らはイベントの目玉の一つになりうるコンテンツなのです。

  2018年に初開催された早指し戦、Tata Steel Chess Indiaではインド出身の若いGMであるPraggnanandhaaとNihal Sarinが招待され、世界トップレベルのプレーヤーと真剣勝負を繰り広げました。

www.youtube.com  13歳のPraggnanandhaaが、元世界王者にして現役のトップ10プレーヤー、Anandと戦っています。

 

4.辿り着く場所

  称号を取得し、レーティングを上げ続けた先にあるのがオランダで開催されるTata Steel Chessやアメリカで開催されるSinquefield Cupなど「スーパートーナメント」*2と総称される、世界最高のプレーヤーたちが招待される高額賞金大会群です。

  レーティングを上げ続ければ、「スーパートーナメント」の主催者から招待状が届くようになります。

  「スーパートーナメント」の常連になるのが、一応はチェスプレーヤーとしての到達点といっても良いでしょう。

 

  この上にもう一つ「世界王者」というチェス界最高峰のタイトルがあるのですが、世界王者へ至る道はまた別の機会にでも。

*1:世界ユースと世界カデットが分離したのは近年になってから

*2:非公式な呼称で、定義はあいまい

チェスの神童 その1 チェスの「最年少プロ棋士」

  先日、囲碁の日本棋院は、9歳の仲邑菫さんが4月からプロ棋士デビューする旨の発表を行いました。通常のルートではなく、新設される「英才特別推薦棋士」としての採用で、4月から10歳のプロ棋士として戦うことになります。

www.jiji.com

  さて、チェスの神童たちも若くして頭角を現して来るものです。チェスの世界の天才児事情を語ってみたく思います。

 

1.チェスの「最年少プロ棋士」は何歳?

  日本囲碁界の最年少プロ棋士が10歳、ではチェスは……と書ければよかったのですが、残念ながらそれはできない相談です。そもそもチェスにはプロ制度がないのです。

dame-chess.hatenablog.com  「チェスで稼いでいる人がプロ」ぐらいの、ざっくりとした区分しかないんですよね。

  この映像では、ロシアのFIDEマスター(FM)Ilya Makoveevが多面指しのデモンストレーションを行っていますが、これで報酬を受け取っている場合、彼もすでに「プロ」であるということが言えるかもしれません。

www.youtube.com  また、コーチをつけ、各地の大会を転戦していくとなるとどうしてもお金が掛かります。費用を賄うため、チェスの若手有望株は個人スポンサーの支援を受けます。アルメニア出身のトップGM、Levon Aronianはインタビューに答えてこんなことを言っています。

It might sound strange, but my professional career started at the age of 10, when, with my mother's continuous efforts of knocking on every high ranked official's door, I got my first sponsorship deal.*1

自分のプロとしてのキャリアは最初にスポンサー契約を結んだ10歳の時に始まったと語っています。

  昨年12歳でGMとなったGM Praggnanandhaaにもスポンサーがついています。

www.youtube.com  彼の上着についている「RAMCO」は企業グループの名前なのです。

www.ramcocements.in*2

 

  スポンサーの看板を背負ってチェスをするようになった時が、プロ生活の始まりという見方もできそうです。

 

2.称号と最年少記録

2-1.称号の最年少記録

  先述したようにチェスにはプロ制度がありませんが、棋力のものさしとなる「レーティング」を上げ、大会で好成績を収めて「ノーム」を獲得すれば、「インターナショナル・マスター(IM)」や「グランドマスターGM)」といった「称号」が手に入ります。

  「プロ棋士」の地位をチェスの称号と同様の「競技上の達成に対して贈られる名誉」「棋力の証明」として捉え、チェス称号の年少記録を見ていきたいと思います。

   現在、GMの最年少記録はロシアのSergey Krjakinが持つ12歳7ヶ月IMの最年少記録はインドのPraggnanandhaaが持つ10歳10ヶ月19日となっています。

2-2.天才の証、15歳未満のGM

  1994年、ハンガリーのPeter Lekoが14歳4ヶ月22日でGMとなりました。以降現代のチェスでは、「15歳までにGMになること」が「天才児」の一つの基準となっています。

  Wikipediaソースになりますが、「15歳未満GM」は過去36人出現しています。

en.wikipedia.org  現在の世界王者Magnus Carlsenや、昨年Carlsenに挑戦したFabiano Caruanaらの名前がありますね。2019年1月現在、レーティングによって決定される国際チェス連盟(FIDE)世界ランク上位20人のうち、8人が「15歳未満GM」の達成者です。*3

 

3.グローバル化する才能の発掘、育成

  さて、昨年はPraggnanandhaaが史上2番目の年少GMとなり、各所で大きく報道されました。

dame-chess.hatenablog.com  ところが、ここから2019年1月までの間に、ウズベキスタンのSindarovとインドのGukeshがPraggnanandhaaを上回る若さでGM獲得を決めました。特にGukeshは12歳7ヶ月17日と、Karjakinの記録更新まであと一歩に迫りました。

en.chessbase.com  1988年、Anandがインド初のグランドマスターになって以来30年。この間に、インドは60人のGMを世に送り出しました。うち6人は神童の証「15歳未満GM」であり、6人中5人*4が2019年1月時点でも21歳未満のジュニア・プレーヤーです。

 

  チェスの力を伸ばしたのはインドだけではありません。チェス・オリンピアードで二度優勝した中国。有望なジュニアプレーヤーを多数抱えるイラン。東南アジアの雄、ベトナム。エジプトからも「超一流」の証、FIDEレーティング2700を記録するプレーヤーが出現しました。

 

  レーティングリストの上位をソ連アメリカを中心とした「チェス先進国」のプレーヤーが固めていた1970年代、FIDE公式レーティング制度発足当初からすると、隔世の感があります。

  70年代のイランにチェスの才能を持った少年が生れ落ちても、その才能に気づき、才能を伸ばすことは難しかったでしょう。しかし、現代のイランならば、彼は「未来の世界王者」として注目される若きGMにまで成長できるのです。例えば彼のように。

en.chessbase.com

 

  

  この先もチェスのグローバル化が進展していけば、思いもよらぬ場所からチェス界を豊かにする新たな才能が出現するはずです。

*1:

https://chess24.com/en/read/news/aronian-my-professional-career-started-at-the-age-of-10

*2:RAMCOグループの中心となっているRAMCOセメント社のサイト

*3:

https://ratings.fide.com/top.phtml?list=men Carlsen、Caruana、Giri、Vachier-Lagrave、Wesley So、Yu Yangyi、Radjabov、Karjakinの8人

*4:訂正。院生のNegiさんは20歳過ぎてますね……

2018年のチェス界10大ニュース

1.Candidate TournamentにてFabiano Caruanaが優勝

  ベルリンで、世界王者Carlsenへの挑戦者を決める「Candidate Tournament」が開催されました。

dame-chess.hatenablog.com  激しい戦いの末、アメリカのGM Fabiano Caruanaが優勝し、挑戦権を手に入れました。

dame-chess.hatenablog.com  世界最高レベルのGMたちが、本気で勝ちに行く楽しいゲームが多数みられたこの大会ですが、個人的なベストゲームはAronian - Kramnikです。

   初心者が最初に教えられる「チェス序盤の基本」を真正面から無視する7...Rg8!は観戦する世界のチェスファンを瞠目させる一手でした。一見無茶に見える手を成立させていく構想力から、華麗な終局に至るまで、チェスの魅力が詰まった好ゲームだったと思います。

 

2.フィッシャー・ランダムの「世界選手権」開催

   かのBobby Fischerが提唱した、初期配置をランダムにする変則チェス「フィッシャー・ランダム(チェス960)」ですが、10年以上前にチェス960「世界選手権」の開催が止まって以来、現実の競技チェス界での広がりは停滞していました。

  そんな中、現世界王者Magnus CarlsenとHikaru Nakamuraが「非公式世界選手権」と銘打ったフィッシャー・ランダムのマッチを行いました。

dame-chess.hatenablog.com

勝ったのは、Carlsenでした。

www.chess.com  このほか、レイキャビク・オープンでは休養日にEuropean Fischer Random Cup 2018という大会が開かれ、セントルイス・チェスクラブでは元世界王者KasparovやCarlsenら豪華メンバーを集めて早指しのチェス960マッチが実施されました。

  レイキャビク・オープン併催のFischer Random Cupは2019年も開催予定で、同年11月にはCarlsenの参加するフィッシャー・ランダム大会の開催も決まっています。

 2018年は、Fischer Randomが復活の狼煙を上げた年として記憶されるかもしれません。

 

3.全米選手権、下馬評を覆してSamuel Shanklandが優勝

  現在、アメリカのチェス界は世界王者挑戦を決めたFabiano Caruana、早指しに強いHikaru Nakamura、67戦連続無敗を記録したWesley Soが不動のトップ3を形成しており、2018年の全米選手権も3人のうちの誰かが優勝するとみられていました。

  ところが、優勝をさらったのは彼らに次ぐグループという扱いのSamuel Shanklandでした。

new.uschess.org  Shanklandはこの後も活躍を続け、Capablanca MemorialとAmerican Continentalでも優勝を飾り、FIDE公式戦62戦連続無敗という記録を作りました。

  Shanklandは年明け早々「チェスのウィンブルドン」といわれる権威ある大会、Tata Steel Chess Mastersに参加します。2018年、一気にスターダムへ駆け上がったShanklandにとって、2019年はこの地位を維持できるかどうか試される一念になりそうです。

 

4.Praggnanandhaaら、有望ジュニアプレーヤーが続々とGM称号獲得

   Rameshbabu Praggnanandhaaが史上二番目の若さでグランドマスターの称号を獲得し、一般メディアでも報じられるなど大いに注目を集めました。

dame-chess.hatenablog.com  しかし、2018年にGM称号獲得を決めたのは彼だけではありません。

  Praggnanandhaaと同じくインド出身でPraggnanandhaaのライバル的な存在であるNihal Sarin。

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  近年急激に力を付けつつある新興国イランのAlireza Firouzja。強烈な読みの力を生かしたタクティカル・プレーが持ち味です。

en.chessbase.com  若さでPraggnanandhaaの記録を上回ったウズベキスタンのJavokhir Sindarov。

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  このほか、GRENKE Openで優勝し、Isle of Manで惜しくも最後のノームを逃して2018年のGM獲得はならなかったVincent Keymerも注目株です。

  いずれ、彼らがCandidatesで戦うことになるのでしょうね。

 

5.チェス・オリンピアード開催

   2年に一度のチェスの祭典、チェス・オリンピアード。2018年、盛大に開催されました。

dame-chess.hatenablog.com

  優勝はオープン、女子とも中国でした。オープンでは2014年トロムソ大会以来二度目、女子は2016年バクー大会に続く連覇で五度目の優勝でした。西欧、アメリカ、ロシア、東欧など伝統国に対し後発の新興国だった中国が、押しも押されぬチェス強豪国として、地位を固めてきたという印象です。

  中国代表ではDing Lirenのプレーが光りましたね。Duda戦は年間ベストゲーム投票でも上位に入る好局でした。

www.youtube.com  前回優勝のアメリカはNakamura、Wesley So、Caruanaの3人を擁して連覇を狙いましたが、タイブレークで惜しくも及びませんでした。

  大会を盛り上げてくれたのは、事前の評価を上回って優勝を争ったポーランド代表でしょうか。アメリカを倒すとは思いませんでした。

www.youtube.comDuda、Wojtaszekの2トップに続く3人がどうか、というチーム編成でしたが、3番ボード以降のプレーヤーが気を吐きました。

なお、日本代表も健闘しました。

 

6.FIDE会長選実施。ロシアの政治家、Arkady Dvorkovichが新会長に

  オリンピアードと同時に実施されたFIDE総会にて投票が実施され、ロシアの政治家Arkady Dvorkovich氏が新たなFIDE会長に就任することになりました。

  同時に立候補して注目を集めたイングランドも著名チェスプレーヤー、GM Nigel Shortは投票の直前に会長選からの撤退を表明。Dvorkovich体制下でFIDE副会長となりました。

 

en.chessbase.com  批判の多かった前会長Kirsan Ilyumzhinovの時代が完全に終わり、新時代を迎えるFIDE。どのような方向に進んでいくのか注目されています。

7.Ju Wenjunが女子世界王者に

  女子最高レーティングを持つ「チェス界最強の女」GM Hou Yifanがオクスフォード大学へ留学、10月から同大学での学生生活が始まりました。そんな中、Hou Yifanを除く女子チェス界の強豪を集めた女子世界選手権がノックアウト方式で開催され、Hou Yifanと同じく中国出身のGM Ju Wenjunが優勝しています。

en.chessbase.comJu WenjunはHou Yifanに次ぐ女子世界ランク2位のプレーヤー。Hou Yifanとはまだ差がありますが、留学でペースを落としている間に差を詰めて欲しいところですね。

 

8.Ding Lirenの連続無敗記録がストップ

  2017年からFIDE公式戦連続無敗を継続していたDing Liren。2018年11月深圳マスターズにおいて、記録は伝説的プレーヤーであるMikhail Talの95戦連続無敗に並びました。

chess24.com

しかし、同じ大会の最中にDingの記録は100戦で途絶えました。止めたのはフランス第一位のGM Maxime Vachier-Lagraveでした。

en.chessbase.com  無敗記録は準優勝したWorld Cup、世界最高峰の舞台であるCandidates Tournament、中国代表の一番ボードを務めて優勝したオリンピアードでのゲームを含みます。一流のグランドマスターとして、相応しい舞台で戦い続けて築いた記録には大きな価値があると言えるでしょう。

9.Magnus Carlsen、世界王者を防衛

  2018年11月、現世界王者Magnus CarlsenとFabiano Caruanaの間で、「チェス世界王者」の称号かけたタイトルマッチが行われました。

dame-chess.hatenablog.com  こんな事件もあったりしつつ……

dame-chess.hatenablog.com  両者の戦いは12戦連続の引き分けとなりました。最終第12ラウンド、解説を担当していたGMたちが「黒Carlsen優勢」の判断で一致する中ドローオファーを出したCarlsenの判断は、大きな議論を呼びました。次のタイトルマッチでは、フォーマットの変更も検討されるかもしれません。

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  プレーオフでは、Carlsenが三連勝して防衛に成功しました。

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  これまでと同じサイクルが続くのであれば、次のタイトルマッチは2020年。Carlsenは、「世界王者」のまま2010年代を終えることになりそうです。

 

10.AlphaZero、再臨

  2017年12月、ゼロから機械学習したニューラル・ネットワークとMCTSを用いたエンジンで現在最強のエンジンStockfishを打ち破ったと発表し、チェス界に衝撃を与えたDeepmind社のAlphaZero。2018年12月、Deepmind社から再びAlphaZeroについて発表がありました。AlphaZeroについての論文が、サイエンス誌に掲載されたというのです。

  チェス界からの注目点は二つ。

  一つ目は、前回arXivに発表されたペーパーでは「Stockfish側に不利な条件で対戦が行われた」との指摘がありました。それを踏まえてなのか、今回はマッチの条件が調整されています。具体的には、Stockfishに対するオープニング・ブックの付与、TCECルールによる指定局面戦、Stockfish側ハードウェアの増強(ハッシュの拡大)などが実施されました。条件を変えても、AlphaZeroはStockfishを上回る力を示しました。

  二つ目は、新たに公開された棋譜の数々です。数量の多さもさることながら、やはりプレー内容にロマンが溢れています……。

www.youtube.com

www.youtube.comこのスペックのStockfishを相手に景気よくポーンやピースを投げ捨て、主導権やピースの活動性を生かして戦う。できることなら、私もこんなプレーがしてみたいものです。

 

 

2019年が、チェス界にとって愉快な年でありますよう。

チェスの終局ルールと持ち時間ルールの話

  オセロの大きな大会で、終局をめぐるトラブルがあったようです。

blog.livedoor.jp  

 

……ということで、チェスの持ち時間ルール、及び終局ルールについて書いていきたいと思います。

チェスの公認ルールブックはFIDE Laws of Chessです。

www.fide.com  この「Laws of Chess」は駒の動かし方や「チェックメイト」の定義などチェスというゲームそのもののルールを定めた「BASIC RULES OF PLAY」と、チェス大会を開いた際の大会進行、競技のルールを定めた「COMPETITION RULES」の二部に分かれています。

 

1.チェスの終局ルール

終局についてのルールは第一部の「BASIC RULES OF PLAY」に記述されています。

 

少し長くなりますが、「Laws of Chess」の第5条、「The completion of the game」を全文引用します。

Article 5: The completion of the game
5.1.1 The game is won by the player who has checkmated his opponent’s king. This immediately ends the game, provided that the move producing the checkmate position was in accordance with Article 3 and Articles 4.2 – 4.7.
5.1.2 The game is won by the player whose opponent declares he resigns. This immediately ends the game.
5.2.1 The game is drawn when the player to move has no legal move and his king is not in check. The game is said to end in ‘stalemate’. This immediately ends the game, provided that the move producing the stalemate position was in accordance with Article 3 and Articles 4.2 – 4.7.
5.2.1 The game is drawn when a position has arisen in which neither player can checkmate the opponent’s king with any series of legal moves. The game is said to end in a ‘dead position’. This immediately ends the game, provided that the move producing the position was in accordance with Article 3 and Articles 4.2 – 4.7.
5.2.3 The game is drawn upon agreement between the two players during the game , provided both players have made at least one move. This immediately ends the game.

 

 5.1.1 

 これは「チェックメイト」の時、ゲームが終わるという内容の条文です。「This immediately ends the game」ですから、チェックメイトによってゲームは即時終了します。

  「Article 3」は合法手を定義した条文、「Articles 4.2 – 4.7」は正しい着手動作について規定した条文です。以降の条文でも「Article 3とArticles 4.2 – 4.7に従って」と書かれている場合、「正しい着手動作で、合法手によって」という意味合いになります。

5.1.2

 「投了」の宣言によってゲームが終了するという内容です。これも「This immediately ends the game」ですので、投了の瞬間ゲームは終わります。

5.2.1

  手番を持つプレーヤーに合法手がなく、かつ手番を持つプレーヤーのキングがチェックされていない状態を「ステイルメイト」と呼ぶこと、そして「ステイルメイト」によってゲームが終了することが定められています。この条項も「This immediately ends the game」と書いてありますね。ステイルメイトの状態が出現した瞬間、ゲームはおしまいです。

5.2.2

  どちらのプレーヤーも合法手の連続によって相手キングをチェックメイトすることができない状態のことを「dead position」と呼ぶこと、このdead positionに達した時点でゲームは引き分けとなって終了することが定められています。

この条項も「This immediately ends the game」という表現でゲームが即時終了する旨が記されています。

5.2.3

  両プレーヤーが合意した場合、ゲームが引き分けとなり、即時終了すると書かれています。

 

繰り返し書かれている、「This immediately ends the game」がポイントです。チェスのゲームは次の場合に即時終了します。

・手番を持つプレーヤーに合法手がない(チェックメイト、ステイルメイト)

・dead positionへの到達

・投了の宣言

・引き分けの合意

次に、持ち時間、対局時計のルールを見ていきます。

 

2.チェスの持ち時間ルール

  持ち時間、対局時計の扱いは「COMPETITION RULES」に含まれ、第6条「The chessclock」記載されています。

こちらは全文引っ張ってくると長くなってしまうので、関係のある部分だけを引用してきます。

6.2.1

During the game each player, having made his move on the chessboard, shall stop his own clock and start his opponent’s clock (that is to say, he shall press his clock). This “completes” the move. A move is also completed if:

6.2.1.1

the move ends the game (see Articles 5.1.1, 5.2.1, 5.2.2, 9.6.1 and 9.6.2), or

 6.2.1

  「時計止める」ことで着手が完了する、と定めたルールです。「A move is also completed if:」以下で、時計を止めなくても着手完了とみなされる例外を規定しています。

6.2.1.1

  第5条の終局ルールの条文が出てきましたね。5.1.1は「チェックメイト」、5.2.1は「ステイルメイト」、5.2.2は「dead position」について書かれています。これら3つの局面に到達した瞬間の指し手は時計を止めなくても「着手完了」とみなされます

6.9

Except where one of Articles 5.1.1, 5.1.2, 5.2.1, 5.2.2, 5.2.3 applies, if a player does not complete the prescribed number of moves in the allotted time, the game is lost by thatplayer. However, the game is drawn if the position is such that the opponent cannot checkmate the player’s king by any possible series of legal moves.

6.9

  「時間切れ負け」について定めた条文です。第5条の終局ルールが適用された場合を除き、持ち時間を使い果たしたプレーヤーの負けになると書かれています。終局ルールが適用された場合は「時間切れ」ルールの適用から除外されるということです。

  チェックメイト」の後で「時間切れ負け」になることはありません。

  面白いのが「However」以下で、持ち時間を使い果たしたプレーヤーAの対戦相手Bが合法手の連続によってAのキングをチェックメイトする手段を持たない場合、ゲームは引き分けとなります。

  キングだけで逃げ続けて相手を時間切れに追い込んでも「勝ち」にはなりませんよ、ということです。

 

3.スコアシート

  記録については第8条「The recording of the moves」に記載されています。

8.7

At the conclusion of the game both players shall sign both scoresheets, indicating the result of the game. Even if incorrect, this result shall stand, unless the arbiter decides otherwise.

 対局後のスコアシートには両者が署名します。

www.youtube.com実際の世界大会の映像です。終局後、お互いのスコアシートを交換して署名していますね。

 

 4.まとめ

チェスの終局ルールと持ち時間ルールを見てきましたが、基本的には、盤上の局面で勝った、あるいは負けなかったプレーヤーが時間切れで負けにならないように配慮されているように思います。

世界には様々な盤上ゲームがありますが、どのゲームも「局面と無関係に時間切れを狙うゲーム」ではなく、できる限り「マインドスポーツ」として盤上での指し手、打ち手が勝敗を決する要素であってほしいですね。

 

チェスの「プロ棋士」その3 チェスのプロが参加する棋戦の仕組み

  囲碁や将棋の世界では「棋院」や「連盟」など、プロ棋士の所属団体が棋士に対して参加すべき対局を割り当てます。棋士は、団体から地位の保証や報酬を受ける代わりに棋戦に参加する義務を負います。

  では、プロ団体やプロ制度を持たないチェスの世界の棋戦はどんな風に回っているのでしょうか?

 

1.大会エントリー

  チェスの選手たちは、数ある大会の中から自分で参加する大会を決めます。エントリー方法は大きく二通りです。

a.招待

  大会を盛り上げるため強いプレーヤーを呼びたい主催者は、マスター達に招待状を送ります。招待を受けるかどうかはマスターの自由です。国際チェス連盟(FIDE)の招待を蹴っても問題ありません。

b.自主登録

  一部の招待制の大会を除く多くのチェス大会は、広く一般のエントリーを受け付ける*1形になっています。大会公式サイトのエントリーフォームや電子メールなどの連絡手段を使って自分でエントリーを行います。

 

  また、出場選手たちは参加の条件について主催者と交渉します。交通費、宿泊費、エントリー料金といった大会参加コストの主催者側負担、参加日程の変更*2、appearance fee=出場報酬などが交渉の対象になります。大抵のプレーヤーは自分で交渉しますが、トップ中のトップ選手になるとマネージャーがつくこともあります。

  こうしてチェス選手たちは条件を比較しながら自分で出場大会を決めてスケジュールを組んでいきます。当然、賞金や出場報酬など条件のいい大会ほど強いプレーヤーが集まります。

 

2.大会の種類

  チェス大会にも種別があります。

 2-1.参加形態による分類

a.オープン

  大会運営のキャパシティが許す限り無制限にエントリーを受け付けます。アマかプロか、マスターか非マスターかは問われません。参加者レートの下限を設定する大会もありますが、その場合でもレーティング2000や2100程度の非マスターレベルのプレーヤーが参加できるレベルに設定されることが多いですね。*3

b.クローズド

  主催者から招待されたプレーヤーだけが参加できる大会です。

11月23日追記:

  IM小島慎也さんから、次のような指摘を受けました。

   「招待の有無」によって分類するのは正確ではなかったですね……。

 2-2.進行方法による分類

a.スイス式

  チェス大会の定番です。成績の同じプレーヤー同士を対戦させていくリーグ戦とでも言えばよいでしょうか。こちらのページでわかりやすく解説されています。

殆どのFIDE公認大会では、FIDEから認められたスイス式の組み合わせ決定ソフトを使って組み合わせを決めています。

  オープン制の大会は概ね「スイス式」で運営されます。

b.総当たり方式

  英語では「round robin」と呼ばれる仕組みですね。参加者全員で総当たりのリーグ戦を行います。かつては四回戦総当たりといった長い大会も開かれていたのですが、最近では一回戦総当たりが普通で最大でも二回戦程度です。

  クローズド制の大会ではこちらが主流です。

c.ノックアウト方式

  勝ち抜き戦方式、日本語の「トーナメント」です。チェスでは白番が黒番より優位とされるため、各ラウンドごとに白番と黒番を同数ずつこなす、ミニ・マッチの形式で勝ち抜くプレーヤーを決めます。

  囲碁や将棋では主流になっているノックアウト方式ですが、チェスでは主流とはいえず、あまり行われていません。最近、娯楽性の観点から「トップレベルではノックアウト式を増やすべきではないか」という意見も増えています。

d.1対1マッチ

   二人のプレーヤーが、決まったゲーム数を戦います。

  この形式の棋戦では、今行われている世界選手権のタイトルマッチが最も有名ですね。他に、主催者の好みでプレーヤーを二人選んで戦わせるマッチもよく行われます。チェスイベントの目玉として、地元のトップGMと海外から招待した有名GMがマッチを行ったりします。特にタイトルがかかったりはしませんが、持ち時間やアービターの配置など条件を満たせばレートのつくFIDE公式戦になります。

 

  

  将棋や囲碁のプロ棋戦は数か月単位の時間をかけて予選や挑戦者決定リーグの対局を少しずつこなしていく形が多いのですが、チェスの大会は、短期集中開催する形式が一般的です。

  連戦は当たり前、場合によっては持ち時間数時間のゲームを一日2ラウンドをこなすこともあります。早指しなら一日3ラウンド、4ラウンドもざらです。体力的にも中々大変ですね。

 

2-3.持ち時間による分類

  公式のレーティング対象となるチェスの持ち時間は三種に分かれています。

a.スタンダード(クラシカル)

  長時間行われるゲームのことを指します。団体によって条件は変動しますが、FIDE公式戦でレーティング2200以上のプレーヤーがゲームを行う場合、最低でも60手に対して2時間以上の持ち時間が与えられなければ「スタンダード」のレート対象なりません。90分+一手30秒加算のフィッシャー式が最低ラインとなります。

  チェス選手の格は、この「スタンダード」の持ち時間で行うゲームに対して与えられるFIDE公式レーティングによって決まります。「グランドマスター」などFIDE公認称号の認定も、この「スタンダード」のレーティングをもとに行われます。チェス選手にとって、最も大切な持ち時間でしょうね。

b.ラピッド

  いわゆる早指しです。FIDEのレーティング規定上では、60手続いた場合の持ち時間10分を超え、60分未満のゲームが「ラピッド」として扱われ、スタンダードとは別のレーティングがつきます。

c.ブリッツ

   「超早指し」のことです。FIDEのレーティング規定上では、60手続いた場合の持ち時間5分以上、10分未満のゲームが「ブリッツ」として扱われ、スタンダードとは別のレーティングがつきます。3分+一手2秒加算のフィッシャーモードが最低ラインです。

  スタンダードの大会のサイドイベントとして、賞金付きのブリッツ大会が開かれることも珍しくありません。

 

  この他に、ブリッツよりもさらに短い、持ち時間1分、2分程度で行われる「ブレット」「ライトニング」などと呼ばれる種別もあり、インターネットの対戦サイトでは「ブレット」の賞金付き大会が開かれています。

  近年のトッププロが参加するレベルの大会では、娯楽性を重視した持ち時間の短い大会を増やしていく動きがあります。

2-4.団体と個人

a.個人戦

  説明する必要もないと思いますが、プレーヤーが独立して個人で参加する大会です。

b.団体戦

  チェスは団体戦も盛んです。各国のクラブ対抗リーグや、国別代表が戦うオリンピアードなどがあります。プロ化している一部のクラブでは、報酬を支払ってトッププレーヤーを雇います。

 

3.スーパートーナメント

3-1.「スーパートーナメント」とは

  チェスのタイトル戦は「世界選手権」だけです。タイトルは「世界王者」ただ一つです。つまり囲碁・将棋の世界で言うところの「七大タイトル」のようなものはないのですが、囲碁・将棋のタイトル戦挑戦者決定リーグに相当する、高額賞金の提供されるトップレベルの大会を俗に「スーパートーナメント」と呼びます。

  「スーパートーナメント」には主催者から招待されないと出られません。基本的にはスタンダードのFIDEレーティングで2700以上、低くとも2600台後半の世界トップ100クラスでないと声がかかりにくい世界です。*4

  この「スーパートーナメント」に安定して招待され、「スーパートーナメント」を転戦できる地位を得ることがチェスのトーナメント・プロとして一つの到達点と言えるでしょう。

3-2.スーパートーナメントへ至る道

  とにかく、各地で行われるオープン制の大会やクラブチームの大会で勝ちまくり、レーティングを上げてプレーヤーとしての「格」を高めていくしかありません。レーティングを上げていけば、主催者から招待が舞い込むようになります。

  スーパートーナメントに出られる地位を得たら、あとは勝ち続けてその地位を守り続けなければなりません。プレーヤーとしての格が落ちてしまうと、招待状の数は減っていきます。

 

 4.まとめ

  長々と説明してきましたが、大雑把に言うと、チェスのトーナメント・プロの在り方はテニスやゴルフのツアーに参加するトーナメント・プロ選手の在り方に近しいのではないかと思います。チェスのプロは一定数以上の大会に参加する義務も負わないため、自由度は更に上です。*5

  収入や地位の保証は一切なく、競争から逃げられないけれども、限りなく自由。それがチェスのプロ選手の世界と言えそうです。

*1:チェスクラブのメンバーに限定したクラブ内の大会や、国内の選手にエントリーを限定したナショナル・トーナメントなど、一定の制限を設けることもある

*2:特定のラウンドを休む「Bye」、ラウンド日の入れ替えなど

*3:何事にも例外はあり、例えばAeroflot Openは2500+のGMクラスを要求する。

*4:地元枠でややレートの低いプレーヤーが呼ばれることもある

*5:チェスにはATPやPGAのようなプロツアー組織がない。最近「Grand Chess Tour(GCT)」が発足したが、年間五大会のみで発展途上

2018年チェス世界選手権タイトルマッチ、情報漏洩事件発生!?

  チェス世界選手権タイトルマッチが進行中ですが、勝負の行方に影響を及ぼす……かもしれない事件が起きました。

 

1.Youtubeに投稿された動画

まずはこちらのツイートをご覧ください。ツイートしたのはChess Life誌のコラムニストJohn Hartmann氏、及びシンガポール在住のチェス史家Olimpiu G. Urcan氏です。

 

 タイトルマッチの挑戦者Caruana陣営の合宿の様子を撮影した動画が投稿され、そこにCaruana陣営の序盤研究の内容が映り込んでいたというのです!

現在、動画は削除されており、見ることはできません。

https://www.youtube.com/watch?v=WvOS2hM2IfY

 

2.投稿者、セントルイス・チェスクラブ

  動画を見たチェス記者、Tarjei J. Svensen氏によれば、動画を投稿したのはセントルイス・チェスクラブ。

 Caruana陣営の内部情報を投稿できるセントルイス・チェスクラブとはいったい何者なのでしょうか?

 

  セントルイス・チェスクラブはセントルイス市民向けのチェス講座を開くなど、普通のチェスクラブらしい活動も行っています。しかし、世界のチェスファンにとっては、世界のトップ選手が参加する「スーパー・トーナメント」が開かれる会場として知られます。近年では、チェスの全米選手権の会場としても定着しました。

  なぜ、アメリカの一地方都市のチェスクラブにアメリカや世界のトップ選手が集まるのか。それはチェス好きの富豪、Rex Sinquefield氏が後ろ盾となっているからです。現在のチェス界最高の大会の一つである、Sinquefield Cupの「Sinquefield」はSinquefield氏の名前からとられています。


Sinqufield氏の尽力により「チェスの首都はセントルイスに移った」とまで言われるようになりました。

 

www.bbc.com

Caruanaはイタリア籍からアメリカ籍にチェス国籍を再変更した際にセントルイスに移り住んでおり、Sinquefield氏がCaruanaのパトロン的存在になっているとも言われています。

 3.漏れた情報

3-1.研究チームのメンバー

  Caruanaの研究チームに加わっているマスターの名前が明らかになりました。Svensen氏のツイートによれば、Caruanaの常任セコンドのRustam Kasimdzhanovに加えて、GM Alejandro Ramirez、GM Leiner Donmiguez、GM Ioan-Cristian Chirilaの姿が確認されたそうです。 RamirezとChirilaはセントルイス・チェスクラブの大会解説などでお馴染みの「セントルイスのいつものメンバー」という感があります。

  現在キューバ籍のDonmiguezはアメリカに移住し、近くアメリカへチェス国籍を移すと噂されていました。Caruanaのチームに加わっていたんですね。

3-2.準備している序盤定跡

  もう一度、ツイッターに投稿された画面キャプチャを見てみましょう。画面にデータベースの定跡ファイルが映っているのがわかりますね。

 もう少し拡大しましょう。下のほうは2016年にCarlsenが戦ったタイトルマッチの棋譜です。問題は上のほうです。

f:id:dame_chess:20181113234954j:plain

赤線は私が入れました。「QGD」や「Petroff」というのはチェスの定跡の名前です。この「QGD Bf4 10.Rd1 Re8」は第2ゲームで実際にCaruanaが黒を持ってプレーしたラインに近い形です。

実戦の10手目はRd8でした。これを見たCarlsenは時間を使い始め、すいすいと研究手を指し進めたCaruanaは持ち時間で大差をつけることになりました。

 

4.フェイク?高度な情報戦?

  私自身動画本体は見られなかったのですが、gifやjpgのキャプチャを見る限り広報用の動画だったようです。最初から晒すことを前提として「晒しても良い情報」を選んでいる可能性もあるでしょう。

ただ

・実際に使用されたラインに近いもの+Caruanaの得意定跡Petroffという画面に映ったラインナップがリアル

・「World Championship」が「Word Championship」という誤字になっている

・削除して「なかったこと」にされている

計画的な行動には見えないんですよね……。すべての振る舞いが計算された「高度な情報戦」なのかもわかりませんが、少なくとも勝負が終わるまでは真実は藪の中でしょう。

王者Carlsen陣営が公開した合宿の様子はこんな具合です。

 隠したい部分はぼかしてますね。

 

5.実際の影響

  画面に映った研究内容が「本物」だった場合、Caruana陣営は苦笑いしているかもしれません。特に「Fianchetto Grunfeld」はおそらく勝負に出る時の武器だったはずなので、それが表に出てしまったのは痛い。   

  それでもタイトルマッチ前の研究があれだけのはずはありません。研究チームのメンバーにしても「セントルイスの面子でチームを組んだらああなるかな」という予想の範疇内。「本物」だったにしても影響は限定的だと思います。

 

  何年か経ったとき、このマッチを振り返る面白いトリビアの一つになっていることでしょう。